「勝利の女神がくれた奇跡」
 
 運動場の中央に一年生の十二名が車座になって座っている。私は、彼女たちに一つの決心をさせなければならなかった。私の話に一生懸命耳を傾けている彼女たちは、私が顧問をしているソフトボール部の新入部員たちである。私は、まだその中学校に転勤してきたばかりで、常に市内大会一回戦負けのそのチームを、県の強豪にしようと無謀な計画を立てていたのである。「優勝したい?」彼女たちは素直にうなずいた。「でも、優勝するにはそれなりの厳しい練習に耐えていく覚悟が必要なんだけど、みんな大丈夫?」今度は、返事をするまでに一瞬の間があったようだが、彼女たちは前にも増して力強くうなずいたのだった。私は、この瞬間、彼女たちに約束をしたのだ。声には出さない約束ではあったが、私にはとても重い約束だった。「必ず立派なチームにしてあげるからね」
 最初の夏は、基礎的な練習に明け暮れてあっという間に過ぎ去ってしまった。中学一年生の女の子たちにとっては、目新しいことばかりなので、長く厳しい練習も彼女たちは楽しんでこなしているように見えた。実力は着々とついてきている。それでも、「きっとすごいチームになりますよ」と私が笑顔で言うたびに、応援の親たちは「また、先生も冗談ばっかり言って」というような反応だった。 中学校の部活動は二年生の夏が大きな山場である。新チームの主力になるはずの二年生たちに対して、顧問の要求は自ずと厳しさを増すからだ。一年生の夏を楽しく過ごしたソフトボール部の娘たちも、さすがに二年生の夏は音をあげ始めた。普通のチームが半日練習で終わりにしているところを、彼女たちは朝から夕方までまる一日練習に明け暮れたのだから。親の中には、辛そうな子供たちの様子を心配する人たちもいたが、それでもじっと文句を言わず、私の声にならない約束を信じていてくれていた。
 そして、いよいよ彼女たちのデビュー戦がやってきた。真っ赤なユニフォームに包まれた彼女たちは、生き生きとして試合に臨み、見事に市内準優勝を果たし、県の新人戦でもベスト8に名を連ねた。市内一回戦負けのチームは、その新しい真っ赤なユニフォームとともに、県内に名を轟かせるまでになったのである。彼女たちは次々に栄誉をつかみながら邁進し、三年生最後の夏の大会直前には、インターハイで優勝した高校の二軍と練習試合をして、まさかの勝利を収めるまでになったのだ。約束を果たすまでもう少しだった。 ところが、最後の夏の大会の市内大会決勝でエースピッチャーがゴロ処理を誤って、ふくらはぎの筋断裂を起こしてしまい、救急車で市立病院に運ばれてしまった。もう一人のピッチャーも、肩の筋肉を断裂してしまっている。短期間に県の強豪を作ろうとするあまり、私は彼女たちに過酷な練習を課していたのだ。気が付けば傷だらけの彼女たちがそこにいた。私は、もう勝負は度外視して彼女たちにこれ以上致命的な怪我をさせないようにしたかった。しかし、彼女たちは、いつの間にか私の手から飛び立ち、自らの意志で勝利をつかもうとしていたのだ。筋断裂を専門家のテーピングでごまかし、私の娘たちは信じられないような力を発揮して、何とか県大会への出場権を手に入れた。「よく頑張ったね」私はもう十分だった。ところが、奇跡は実際に起きるものなのだ。満身創痍の彼女たちは、県大会の準々決勝まで進み、今まで一度も勝ったことがなかった相手に、大逆転勝利を収めてしまった。夢にまで見た県大会のベスト4入りである。残念ながら、彼女たちの力もここまでだったが、彼女たちの胸にかけられたぴかぴかの銅メダルは、私の目にはどんな金メダルよりも美しく輝いて見えたものだ。最後まであきらめずに戦った勇敢な娘たちに、私は心の中で深々と頭を下げた。私が心の中で誓った約束は、みんなの力で果たせたのだ。