「約束のコンパクトカメラ」
ユウキは兄弟姉妹の多い家庭で育った。正式な父親はおらず、母親も仕事の傍らパチンコに夢中になっている有様だ。とても子供たちがまともに育つ環境にはなかった。ユウキも中学二年生になる頃から、いわゆるツッパリの兆候を示し始めた。勉強も苦手だし、教師に愛想を振りまくすべも知らないユウキ。
中学校では、一般的にクラス全員が何らかの役目を担うことになっている。しかし、ユウキにはこれといってぴんとくる仕事が見つからなかった。そこで、担任の私はユウキに「記録係」という仕事を提案した。クラス内での係は、都合で何を設置してもいいことになっている。私が提案したのは、ただの「記録係」ではなくて、クラスの普段の生活を写真に記録する係だった。ユウキは機械に興味があったので、私のコンパクトカメラを見て目を輝かせた。「ユウキ、これで一年間のクラスの様子を記録してくれるか?ただしな、先生にも予算があるから、現像代で先生が破産しない程度に頼むぞ」ユウキは大喜びでその新しい仕事に飛びついた。ユウキの最大の活躍の場面は「修学旅行」だった。他の行事は、たとえば体育祭などは自分も演じる側に回ってしまうので、写真記録などできるはずがない。でも、「修学旅行」は記録係のユウキには自由自在な「仕事場」を与えてくれたのだ。いくらコンパクトカメラとは言え、多少の撮影技術は必要である。ユウキが撮った写真の中には、ちょっとピンぼけのものもあったり、また逆光で被写体が真っ黒になっているものもあったが、大方は生徒の目から見たなかなかの作品に仕上がっていた。ツッパリを決め込んでから、前向きなことには全く興味を示さなかったユウキが、この「記録写真係」にだけは全力を注いでいたのだから、私もびっくりしてしまった。ユウキの撮った写真は、学年の終わりにカラーコピーを駆使して作ったクラスのアルバムに、何枚も採用されることになった。
三年生に進学したユウキは、また私の受け持ちのクラスになった。二年生の時のユウキの活躍ぶりからすれば、当然三年の新しいクラスでも「記録写真係」を作らないわけにはいかない。ユウキは。また活躍の場所を確保した。そんなユウキの姿は、クラスのみんなからも認められたが、三年生も二学期を過ぎると、進路の相談で係活動は一時休止の状態にならざるを得ない。一時は高校進学を考えたユウキだったが、結局は職業安定所を通して中卒で仕事に就くことに決めた。高校進学を目指すクラスメートの中にあって、ユウキの活動はどことなく元気をなくしていったような気がする。自分だけが仲間はずれになってしまったような疎外感があったに違いないのだ。私は、そんなユウキに約束した。「なあユウキ、先生は、お前が見事に就職試験に受かったら、そのコンパクトカメラをユウキに就職祝いでプレゼントしようと思うんだけど」「先生、本当?」「本当だよ」ユウキの顔にまた輝きが戻ってきた。経済的に決して楽ではなかったユウキの家庭では、カメラを買うことはとうてい無理だったに違いない。私は、もので子供の心を釣るような妙な罪悪感も覚えたが、手段はどうあれ、ユウキがそれで元気を取り戻してくれるならいいと思った。そして、ユウキの就職は見事に決まった。
クラスのほとんどの生徒が高校入試で抜けてしまったある日のこと、私がある作業の氏指示をすると、機嫌でも悪かったのかユウキはあからさまに面倒くさそうな顔をして、悪態をついた。「そんなのどうでもいいから、早く帰りてえよ」私は、ユウキの胸ぐらをつかむと、思いっきりドアに身体を押しつけて、怒鳴りつけた。ユウキにはユウキの悩みがあったろうに、私は自分の短気を後悔した。
晴れの卒業式の日、私はコンパクトカメラをユウキに渡しながら心から卒業を祝った。
「本当にくれるんだ」ユウキの顔が輝いた。