「我が輩は龍馬である」
 
【まえがき】
 我が家に雄の柴犬の龍馬がやってきたのは今年の母の日、つまり今から四ヶ月前のことでした。三年前に、それまで飼っていた雌の柴犬「ハナ」をガンで亡くしていたために、私の母は新しい犬を飼うことに非常に消極的になっていたのです。それにはもう一つ理由がありました。実は、十年ほど前に脳梗塞の発作で倒れた父が、その後二次性の発作に何度も悩まされるようになり、発作を起こすたびに弱っていった父が、現在では老人福祉介護施設に入所しているので、自分のエネルギーは全て父のために使おうと母は思っているようでした。
 私はそんな母を見ていて、私が強引に犬を買ってきてしまえば問題はないだろうと思い、ちょうど母の日のプレゼントにと、大急ぎで柴犬探しを始めたのです。ところが、大手のペットショップへ行っても、店内のケージに柴犬の姿はありませんでした。また、弟の話でも柴犬をペットショップで買えば、二十万円前後はかかるだろうとのことでしたので、私はどうしたものかと途方に暮れてしまいました。
 そんなとき、何となくインターネットのオークションのページを開いたのです。もともとは柴犬の相場を知りたくて開いたページには、安く売りに出された柴犬の赤ちゃんたちがずらりと並んでいるではありませんか。私は、なぜかそのうちの一匹に目がとまり、他の柴犬よりも値段が少々高めであったにもかかわらず、迷わず彼に入札してしまいました。今でもそのときのページを保存してとってありますが、それは龍馬と最初に対面したときの貴重な記録です。 
 幸いにも、最初の入札で見事に龍馬を手に入れることができた私は、妻と一緒に出品者である隣町のペットショップへ、車で龍馬を受け取りに行きました。実際に見た龍馬の何と愛くるしかったことか。何だか、そのペットショップのご夫婦から龍馬を引き離してきてしまうのがかわいそうな気もしましたが、私たち夫婦はそれ以上に彼の魅力にすっかり夢中になってしまい、オークション通りの代金を支払うと、すぐに帰路につきました。
 車に乗せられてどこに連れて行かれるのか不安そうな龍馬は、妻の腕の中でぶるぶる震えているように見えましたが。そのうち、私たちにもすっかり慣れて、気がつけば妻の首の回りに襟巻きのように巻き付いておりました。その姿が何とも言えないほど愛くるしく、私たちは思わず大笑いしてしまいました。
 こうして、龍馬が我が家の一員になり、それからは龍馬中心の生活が始まりました。詳しい内容は龍馬の口から直接方ってもらうことにしましょう。いずれにしても、彼が私たちの家族に加わってくれたおかげで、私たちの生活が一変したことだけは確かです。

《僕がご主人様にもらわれてきた日》
 僕の名前は龍馬。といっても、もともとそういう名前だったわけではなくて、僕をもらってくれたご主人様、つまり僕のパパが勝手につけた名前なんだ。僕の誕生日は、人間の暦で言えば、平成十六年二月十五日、星座も血液型も僕にはわからない。どうやら、パパはコンピューターという近代兵器のオークションという方法で僕を手に入れたみたい。ご主人様が僕を迎えに来てくれた日は少し雨が降っていて、僕はお店の優しかったご夫婦とお別れするのがとても寂しかったんだけど、ご主人様と一緒に来てくれたママが、とても優しそうだったので、ちょっと安心してご主人様の車に乗ったんだ。ママの腕の中に抱かれた僕はとてもいい気持ちになってしまって、気がついてみたらママのクビに襟巻きみたいに巻き付いていて、ママが笑ってた。ちょっと寒かったからかも知れないね。
 それまでの僕は、一緒に生まれた兄弟姉妹とは別々にされて、ペットショップのご夫婦のおうちで、ミニチュアダックスというものすごく足が短い先輩たちと一緒に生活していたんだよ。だから、僕はとてもいい子に育ったと、みんなから褒められてた。無駄吠えもしないからとてもいい子だって。無駄吠えをしないと人間たちは言ってたけど、僕だってその気になればいつでも吠えることはできる。でも吠える必要がなかったし、先輩ダックスたちがちょっぴり怖かったから吠えなかっただけなんだ。でも、「いい子」だって言われるとちょっぴり嬉しいから、僕はいつもしっぽを振って愛想を振りまいていたんだよ。そうしたら、そのペットショップのご夫婦が、「誰かかわいがってくれる人に買ってもらおう」と相談して、僕はインターネットのページに写真付きで紹介されることになったみたい。僕の最高の写真。その写真に惚れ込んで、パパは迷わず僕に入札してくれたみたい。値段のことは余り考えなかったみたいなんだ。それに、僕がもらわれてきたのは「母の日」とかいう日で、ご主人様は柴犬が大好きなお母さんのために、僕をプレゼントしようとしたんだって言ってたよ。「言ってた」っていうのは、僕たち犬は人間の言葉が全部理解できるってこと。だけど僕たちは人間の言葉をしゃべれないから、多くの人間たちは僕たち犬が何もわかってないと思ってるみたい。本当は全部わかってるんだから、僕たちの前で悪口なんか言わない方がいいと思う。かみつくよ…あんまりひどいとね。でも、僕たちは人間がひどいことをしなければ、めったにかみついたりしないんだよ。
 とにかく、そんなこんなで、僕の新しい生活が始まった。パパもママもお母さんも、とても僕のことをかわいがってくれるから、僕はちょっぴりわがままな犬になってきてる。自分でもいけないなあと反省してるんだけど、どうしても甘えちゃう。だって、僕はまだ七ヶ月の赤ちゃんなんだもん。

《やっとケージから出してもらえて》
 パパとママは、僕を受け取った日の帰り道に、大きなペットショップに寄って、僕のための檻とベッドを買ってくれたんだけど、このベッドがどうも居心地悪くて、僕がなかなか使わないから、パパたちはとうとうあきらめて、ベッドは物置代わりに使われてる。檻だけはちょっと怖かったなあ。でも、僕はまだあちこちでおしっこをしちゃったりするから、パパたちも安心して放しておけなかったみたい。ちゃんとシートの上でしなくちゃいけないと思っているんだけど、遊びに夢中になっているうちに、ついつい間に合わなくて床の上にじゃーっとやっちゃうから、パパとママはいつも困ってた。僕は、いつもごめんなさいって言おうと思うんだけど、言葉にはできないから、反省のポーズをとってた。でもパパとママにはそれがよくわからなかったみたいで、僕はそんなときすぐに檻の中に入れられちゃうの。ちょっと寂しかった。
 でも、最近はね、ちゃんとおしっこもうんこも決められた場所でできるようになったから(たまに違うところでやっちゃうんだけどね)、ご褒美に一晩中檻の外に出してもらえるようになったんだ。僕はそれがとても嬉しかった。だけど、パパもママもそしてお母さんも、僕が朝早くから遊び始めるから、すごく迷惑そうな顔してる。だって犬は早起きって決まってるんだもん。朝の4時ぐらいになると、突然元気が出てきちゃって、ついついおいたをしちゃうから、またまたしかられることになっちゃうんだ。僕としては、一生懸命いい子になろうと努力してるんだけど、パパやママやお母さんがぐっすり眠っているのを見ると、すぐに「遊んでよ」ってやりたくなっちゃう。足にかみついたり、ママの髪の毛を引っ張ったり、みんな悲鳴を上げてるよ。だけどパパは僕のおかげで早起きになったって喜んでた。僕もたまには役に立つんだなって、ちょっぴり嬉しかったかな。
 パパは怒るとものすごく怖くて、あるとき僕が檻の外でおしっこをしっちゃったら、僕は突然段ボールの箱の中に入れられちゃったの。そして、パパは外からガムテープでしっかり箱を閉じちゃったんだけど、僕はパパが開けてくれた空気窓から食い破り始めてすぐに外に脱出しちゃうもんで、パパはあきれてた。でも、パパはいつもはすごく優しくて、僕のおなかを大きな手で何度もさすってくれるんだよ。僕は気持ちよくなって、ついついおなかを真上に向けてごろんと寝っ転がってしまうんだ。そうすると、パパはにこにこしてもっともっとなでてくれる。だから、僕はお礼にパパの足をぺろぺろなめるんだけど、パパはくすぐったいからやめてくれっていつも降参しちゃう。僕は、お鼻のところを指すってもらうのが一番気持ちいいんだ。パパはそれを知ってて、いつもさすってくれる。耳の後ろもとっても気持ちいいよ。パパはそこもさすってくれるから、僕はパパが大好き。 パパはね、ときどき内緒で牛乳を僕に飲ませてくれるんだ。しかも、ちゃんとお皿に入れて少しあっためてからくれる。僕はおなかが弱くてすぐに下痢をしちゃうから、パパが気を遣ってチンしてくれるんだよ。パパは、いつも換気扇のところでたばこを吸ってから僕に牛乳をくれるから、パパが換気扇のスイッチを入れる音が聞こえると、僕の体は自動的にパパのところへ向かってしまうの。別に僕がわざとそうしてるわけじゃないんだけど、僕たちの体は、音とか臭いに突然反応するようにできてるみたい。そうするとパパはいつもにこにこして牛乳を温めてくれるんだ。僕は、ものすごい勢いで牛乳を飲むから、お皿の外に牛乳が飛び散っちゃうんだけど、パパは怒らずににこにこして見ていてくれる。ママはそんなパパを見てあきれてるみたいね。だけど僕は優しいパパが大好き。牛乳をたくさん飲んでも、ちゃんとパパが温めてくれてるから、おなかも壊さないんだ。

《首輪をされるとフリーズする僕》
 僕は、不思議と首輪をされると体が固まっちゃうんだ。パパたちは、鑑札とかいう札をつけておかないと、僕が脱走したときに大変なことになるとか言って、きれいな首輪を買ってきてくれたんだけど、僕にも理由がわからないんだけど、それをつけるとフリーズしちゃう。パパたちはそれをおもしろがって、僕がちょっと羽目を外したりするとすぐに首輪をするんだ。もうやめて欲しいよね。きっと首輪をすると獣医さんのところに連れて行かれちゃいそうな気持ちになるのかも知れない。僕は注射が大嫌い。注射をするときは、思わずパパにしがみついているんだけど、そういう僕を見て獣医さんは甘えん坊だなあとけちをつけるんだ。確かに僕はまだ甘えん坊だけど、注射は誰だって嫌いだよ。僕のパパだって注射は嫌いだって言ってたし。 
 それでも、獣医さんはとっても優しいおじさんで、僕にお嫁さんを紹介してくれるって言ってた。だけど、僕は面食いだから、獣医さんが紹介してくれようとしている女の子が気に入るかどうかわからないよ。ママはブスな女の子だったら絶対にお嫁さんにはしないってぷりぷりしながらパパに文句言ってたけど、ママってもしかしたら僕のことで焼き餅焼いてるのかなあ。パパはそうだと言ってたけど。パパはいつでも僕に秘密のお話をしてくれるんだよ。僕が全然理解してないと思ってるから安心して言っちゃうんだろうけど、前にも言ったように僕はパパの言葉も全部理解できるんだなあ。パパが僕にひどいことしたら、絶対にママに言いつけてやるつもり。ああ、だめだ。ママは僕の言葉が理解できないんだもの。人間って、僕たち犬より能力低いのかも知れないよ。
 あっ、今度はお母さんがあの首輪を手に持ってる。どうして僕をいじめるの?僕はさっさと逃げちゃうよ。あんまりいじめると、また床の上でおしっこしちゃうからね。

《何で僕にはくれないの?》
 僕は、朝、昼、晩と、毎日三回ちゃんとご飯をもらってるんだけど、すぐにおなかがすいちゃうの。それに、「ドッグフード」っていうやつは、いつも同じの食べてるとすぐに飽きちゃうんだよね。そういうときは、においをかいだだけで「フン」てやるんだけど、そうするとパパやママは「またおなか調子悪いのかなあ」って言って、僕を獣医さんのところに連れて行こうかどうか話し合いをしてる。やめてよお、僕は獣医さんが苦手なんだから。この間なんか、獣医さんに注射を打ってもらったらもうからだ中がもやもやしてきて、思わずドアのところでうんことおしっこを両方ともやっちゃった。そしたら、パパが一生懸命看護婦さんに謝りながら後かたづけしてて、僕はとっても申し訳ないと思ったんだけど、パパは怒ってた。
 僕が食欲ないときは、食事を変えてくれればいいのにさ。それに、パパたちがご飯を食べてると、僕も一緒に食べさせてもらいたくなっちゃうの。だけどね、お母さんも「人間の食べるものをあげると寿命が短くなる」って言って、僕には何もくれないんだ。僕は、長生きするより食べたいものをたくさん食べた方がいいのになあ。でも、パパたちは僕のこと心配してくれてるんだから我慢しなくちゃって思うんだけど、気がつくとテーブルの上に前足を伸ばして「ちょうだい」をしてる僕。「ほら、龍馬、そこに手をついちゃ駄目でしょ!」っていつも怒られてるよ。言わせてもらうけど、「手」じゃなくて「足」なんだよ、僕のはさ。
 パパたちが食べてるものを、この前内緒でちょっとだけ食べちゃった。どうしてパパたちはこんなにおいしいものを食べてるのかなあ。僕のごはんなんか、ほとんど味なんかないんだよ。においはいいんだけど、食べてみると味がないの。それが犬のためだとかパパたちは言ってるけど、僕たちだっておいしいものが食べたいよ。ずるいなあ、パパたちだけおいしものを食べちゃって。それに、僕は甘いものが大好きなんだ。この前ね、お母さんがアイスクリーム食べてたとき、僕がとっても欲しそうな顔してたら、お母さんがパパやママに内緒で僕にアイスクリームをくれたの。もう下がとろけるほどおいしかったよ。もっと食べたいなあ。お母さんは牛乳もおなかに虫がわくからだめだって言うけど、僕のなかには虫なんていないのになあ。でもね、パパがときどきみんなに内緒で僕に牛乳をくれるんだよ。おなか壊さないようにって、わざわざ温めてからくれるの。パパって優しいでしょ?僕はパパが大好きなんだ。パパはね自分だけおいしいものを食べたり飲んだりしてるのがいやだって言ってた。でも、パパはいつも多めに牛乳をくれるから、この間はママにしかられてたよ。何だか、僕のためにパパがしかられてて申し訳ないなあと思ったんだけど、そんなのすぐに忘れちゃって、僕はもう夢中でお皿の中の牛乳をぺろぺろなめてたんだ。そうしたら、床中が牛乳だらけになっちゃったから、僕は床までぺろぺろなめてきれいにしちゃった。偉いでしょ?ちょっとワックスの味がしたけど、まあいいか。
 パパとママが話してるのを聞いたんだけど、パパたちが食べてるものには、塩分とか糖分が多すぎるから、僕のからだには良くないんだって。でも、僕に良くないものでも、パパたちには大丈夫なのかなあ。パパたちも食べるのやめて、ドッグフードにしたら健康になるんじゃないのかなあって僕は考えてる。僕だって、パパたちの健康を心配してるんだよ。 でも、おなかがすいたなあ。何か食べるものがないかって、僕はいつもおうちの中をうろうろしているものだから、ときどきお母さんに「お前は意地汚いね」って言われちゃうんだ。でもしょうがないんだよね。僕たち犬は、食べても食べてもまだ食べられるんだから。でも、僕最近ちょっと太りすぎかなあ。

《サザンオールスターズが好きな僕》
 いつ頃からか、パパは僕が廊下で居眠りをしていると、音楽をかけてくれるようになったの。それは、歌詞がついてないオルゴールみたいな心地いい音楽なんだけど、パパたちが話していたのを聞いたら、僕のお気に入りはサザンオールスターズの「涙のキッス」なんだって。僕はその曲を聴いてると、すぐに眠くなっちゃうんだよ。いい気持ちになってすやすや眠っちゃう。僕のパパもママもお母さんも音楽が大好きみたい。でもママはいつもヘッドホーンをかけて踊りながらお皿を洗ってるから、すごく激しい音楽を聴いてるみたい。お母さんは演歌かなんとかサンバ。お母さんはちゃんばらの時代劇が大好きだからね。「暴れん坊将軍」ばっかり見てる。僕も一緒に見てたりするから、いつかはちゃんばらをやってみたいと思ってるんだけど、無理かなあ。
 僕はおうちの中のいろんなものをかじっちゃうんだけど、パパが音楽をかけてくれるCDプレーヤーだけは噛まない。だって、噛んだら二度と音楽をかけてもらえなくなっちゃうかも知れないからね。僕だって、一応噛んでいいものとそうじゃないものは区別してるんだけど、お母さんはもう大騒ぎしてるからもしかしたらいけないものも噛んじゃってるかも知れない。でも、僕には人間に必要なものとそうじゃないものの区別はつかないんだから仕方ないよね。
 パパは今度、サザンオールスターズだけのオルゴールの曲を買ってきてくれるって言ってた。でも、パパはお仕事で忙しいからいつになるかわからないんだ。それまでは、僕は「涙のキッス」で我慢する。でも、ママがいつもヘッドホーンで聴いてる曲も聴いてみたいなあ。パパはそんな曲聞かせたら、僕がとんでもない犬になっちゃうってママに言ってたよ。そんなにすごい曲をママは聴いてるのかなあ。駄目って言われると、余計聞きたくなるのは犬も人間も同じだよ。ママが踊ってるのを見てると、とても楽しそうだから、僕もママと一緒に踊ってみたいなあ。
 お母さんが聞いてる「マツケンサンバ」っていうのも結構いい感じ。着物を着た男の人が舞台の上で踊ってる。結構かっこいいよ。僕もああやって踊ってみたいなあ。「マツケンサンバ!」ってね。でもね、パパたちはまだ気づいていないみたいなんだけど、僕はテレビから聞こえてくるヒッキーの歌が大好きなの。早くパパかママが気づいてくれないかなあと思ってるんだけどねえ。お母さんは無理だと思うんだ。何たって「暴れん坊将軍」だからね。「暴れん坊将軍」にはヒッキーは出てないみたい。ヒッキーの曲はとっても僕に合ってるよ。僕は現代犬なんだもの。昔の犬とは違うんだよなあ。そこのところにパパとママが気づいてくれると嬉しいんだけど。あっ、またパパが「涙のキッス」をかけてくれちゃった。僕は、またおねむになってきた。

《檻に閉じこめられちゃった》
 やっと生まれて七ヶ月になった僕は、パパやママから何度注意されても、どうしてもおいたをしちゃうんだ。僕もいけないなあと思ってるんだけど、気がつくと椅子の脚をかじってたり、ゴミ箱をあさってたり、ティッシュペーパーを引っ張り出したり、クッションを食いちぎって中身を出しちゃったり、本当にいたずらばっかりで、いやになっちゃう。この間はとうとうパパに檻に閉じこめられちゃった。僕は反省のポーズをとったんだけどパパはすぐには信用してくれなかった。そしたらママが檻のところに来てくれて、「パパにごめんなさいしなさい。そしたら出してもらえるから」って言ってくれたから、僕は一生懸命反省のポーズをとったんだけど、パパは「反省してるならワンて吠えてみな」なんて言うんだ。僕はめったにワンはやらないから、パパはなかなか出してくれなかったよ。でも、少ししたらパパがママに「いいよ」って言ってくれて、やっと娑婆に出られた。でも、またすぐにいたずらしちゃって、僕はまた例のフリーズ首輪をはめられちゃった。でも、最近の僕はフリーズ首輪をされても、ちょっとずつ動けるようになったんだ。やっと1メートルぐらい移動したら、パパが「あっ、龍馬が動いた」って言って、僕を抱きかかえて元の位置に戻しちゃったの。せっかく一生懸命移動したのにさ。僕は落ち込んで、いつものテーブルの下に座り込んじゃった。そしたら、パパが来て「もうおいたしちゃだめだよ」って言いながら、フリーズ首輪をはずしてくれたんだ。パパは本当に優しいよ。その後、すぐに僕に大好物の牛乳もくれたしね。 ところが、パパは牛乳だけじゃなくて、ママと一緒にソーセージとかいうおいしそうなお肉をむしゃむしゃ食べ始めたの。僕が我慢できるわけないのにね。それで、パパが台所から出て行ったすきに、僕はパパがソーセージの皮を捨てたゴミ袋をあさってたら、ママが気づいてまた怒られちゃった。どうして僕はおいたをやめられないのかなあ。パパやママと一緒に散歩に行くと、僕の友達のご主人様たちが「今はちょうどいたずら盛りだからしょうがないわよ」って言ってた。だから、僕はもっと大きくなったら、パパやママにしかられなくなるのかも知れない。それまでは迷惑かけちゃうけど、ごめんなさい。
 と言ってるうちに、僕はもう次のターゲットをねらってる。もうどうしようもないんだよね、この気持ちは。でも、今日はもう檻の中に閉じこめられたくないし、今度入ったらなかなか出してもらえそうにないから、何とか頑張っておいたをしないように努力してみるんだ。だけど、あのソーセージ、一度でいいから食べてみたいなあ。パパは「長生きしたかったら、我慢しなさい」って言ってたけど、いいにおいがするんだもん。パパもママも僕が眠ってるときに食べればいいのにさ。僕はまたきっとゴミ袋をあさっちゃうよ。

《僕はお散歩が大好き》
 僕は、今ではパパのおうちの中で放し飼いにされているんだけど、ちゃんと朝と夕方にはパパかママが散歩に連れて行ってくれるんだ。最初のうちは、あんまり長い距離は歩けなかった僕だけど、最近ではもう体重も十キロを超えて、散歩の距離もぐぐっと長くなったんだよ。パパたちは僕のためにいくつも散歩のコースを作ってくれたの。僕は、どのコースでもいいから少しでも長い間外を歩いていたい。
 僕がお散歩大好きなのは、友達とたくさん会えるからなんだ。パパとママもしょっちゅう「出会いが大切だよね」って話し合ってるけど、犬だって出会いが大切。お散歩のときに出会うお友達たちはたいてい僕より先輩ばかりなんだけど、みんな僕に優しくしてくれるよ。たまには気が荒いやつもいて、ワンワン吠えられて終わっちゃうこともあるけど、ほとんどのお友達は僕と一緒に遊んでくれるんだ。僕は猫ちゃんも大好きなんだけど、猫ちゃんたちは僕たち犬が大嫌いみたいで、いつも僕が近づいていくと「シューッ」ってすごい鼻息を漏らして、「これ以上近づいたらひっかくよ」って脅すんだ。だから僕は「僕は猫ちゃんたちと仲良しになりたいだけなんだよ」って言うと、「あたしたち猫はね、あんたたち犬のことなんか信用しないよ」って言われちゃう。きっと悪い犬が、猫ちゃんたちを追いかけ回していじめるからいけないんだよね。僕は絶対にそんなことしないのになあ。でも、無理矢理近づいていって、ひっかかれちゃったら大変だから、僕もそれ以上はかかわらないようにしてる。
 僕が大好きな先輩は、とっても大きいんだよ。だけど、いつも「おう、良く来たな。遊んでやるから、ほらこっちにおいで」って優しく声をかけてくれるんだ。僕のしっぽはもうびんびん振れちゃう。先輩のしっぽもちぎれるくらいにびんびん振れてる。僕たち犬は嬉しいと自然にしっぽが触れちゃうの。でも注意した方がいいよ。中にはわざとしっぽを振って人間をおびき寄せておいて、攻撃範囲内に人間が入ったとたんにぱくっといくやつがいるからね。そういうやつは根性が曲がっちゃってるからだめなんだ。もともとは人間にいじめられたのが原因なんだけど、一度曲がった根性は、なかなかまっすぐには戻らないんだよね。だから、あまり怒らないであげて欲しい。本当は優しいんだからさ。
 僕はね、最近やっとマーキングができるようになったんだよ。パパたちも大喜びしてた。どうして、おしっこできるようになっただけで、パパたちがあんなに喜んでるのかちっとも僕には理解できないけど、いいことしてるのは確かみたいだから、僕はいつも張り切ってマーキングしてる。張り切りすぎて、おしっこタンクがすぐに空になっちゃうもんだから、もう最後の方は足を上げるだけでおしっこが出ないんだ。それを見て、ママはいつも笑ってる。僕が一生懸命やってるのに笑うなんて失礼だよね。そういうときはね、僕はわざとあっちこっち寄り道して、ママを困らせることにしてるんだよ。パパと散歩をしてるときはそうはいかない。パパは力が強いから、僕は強引に引っ張られて空中にからだが浮いちゃうんだ。それも気持ちはいいんだけど、パパにはかなわない。もっと大きくなったらパパも振り回せるようになるのかなあ。ママはもう降参しちゃってるみたいだけどね。
 パパもママも僕がお友達のにおいをくんくんかごうとするのが嫌みたい。「汚いから駄目よ」っていつもしかられちゃうからね。でも僕たち犬は、仲間のにおいをくんくんかぐようにできてるんだ。だから、何度注意されても僕はくんくんをやめるわけにはいかないんだよね。そこのところがパパとママにはまだよくわかってないみたい。でも、先輩たちのうんちを食べようとしたときには、さすがの僕も我ながらびっくりしたよ。パパたちはもっとびっくりしたみたい。「そんなもの食べるな!」ってパパには怒鳴られちゃった。僕だって先輩のうんこなんか食べたくないんだけど、自然に反応しちゃうんだ。でも、パパが怒ってくれるから、いつも食べないですんでるよ。食べたら病気になっちゃうかも知れないってママも心配してたしね。
 僕は、お散歩で砂場に行くのが大好き。だってね、パパのおうちの中では、なぜかわからないんだけど、いくら掘っても掘れないの。それが、砂場に行くと掘ればどんどん穴が大きくなるから、楽しくってしかたない。パパもそんな僕を見ていつもにこにこしてるよ。それからね、僕は葉っぱを追いかけるのが大好きなんだ。葉っぱは風に吹かれてあっちこっちへ動くから、僕のからだが自然に反応しちゃうんだ。さすがのパパも僕の素早い動きには対応できないらしいよ。そんなときは、パパは走って僕を引きずり回すんだ。それがパパの反撃かも知れない。疲れるんだよね。

《こっち向いてったら!》
 僕のパパはお仕事が忙しくて、いつも帰ってくるのは夜の十一時近くなの。僕はもう待ち遠しくって、そわそわしながら待ってると、パパのバイクの音が聞こえて、もう大喜びしちゃう。でも、ときどきママは寝ちゃっててパパが帰ってきたのに気づかないときがあるんだよ。僕が一生懸命起こそうとしても、ママはいったん寝ちゃうとなかなか起きない。僕だったらすぐに起きるのにね。それで、パパは何度も何度もインターフォンを押すんだけど、それでもママは起きない。それで、いつかはパパは携帯電話から家に電話を入れたんだ。そしたら、やっとママは目を覚まして僕に「何で起こしてくれなかったの?」って言った。僕は何度も起こしたのにねえ。今度のときは、ママの足に噛みついてみようかと思うんだ。だけどママは足癖が悪いから、気をつけないとキックをくらうかも知れない。眠っているときのママは危険だよ。
 それでね、ゆうべもパパが帰ってきたのは遅かったんだけど、僕がしっぽをぶんぶん振ってお出迎えしたら、パパもにこにこして僕をなでてくれたんだ。僕は大喜びでパパに遊んでもらおうと思ったら、パパは何だか知らないけどママと夢中で話をしてるの。僕はもうがっかりしちゃって、いろんなことやって僕の方に注意を向けようとしたのに、パパもママも全然気づいてくれない。僕は一生懸命考えたよ。今までやったことがないようなことをすればきっと僕の方に向いてくれると思ったからね。そこで僕は一世一代の芸当を演じたわけ。「ウーゥ、ワオン!」って自分でもどうやって出したのかわかんないような叫び声を上げて、ひっくり返って見せたの。そしたら、パパもママもびっくりして僕の方を振り返って、僕が死んだふりしてたから大笑いしてた。僕の作戦は大成功で、パパもママも「ごめんね、気づかなくて」って言いながら僕のところにやってきて、二人で一生懸命なでなでしてくれたから、僕はもう嬉しくなっちゃった。それで、パパとボールで遊んだりしてたら、今度はパパがパソコンに夢中になっちゃったの。それで、僕はいろいろいたずらをしまくってたら、ママに本気で怒られちゃった。ママは僕の口をつかんで、すごい力で僕を押さえつけた。ママの力より僕の方がもう上だと思ってたから、僕はびっくりしちゃった。ママも本気なると怖いんだっていうことがわかったよ。気をつけないとね。
 でも、パパもママも、僕がいたずらをしまくるのは、せっかくパパの帰りを待っていたのに、ちゃんと遊んであげないからかなって話し合ってた。僕の気持ちがわかってくれてるんだなって安心したよ。そしたら、僕は急に眠くなってきて、いつもの冷や冷やボードの上でうとうとしてたら、優しいママがタオルをかけてくれて、僕は涙が出るほど嬉しかったんだけど、照れくさいから寝たふりしてた。パパもずれたタオルをかけ直してくれたりして、すごく優しいんだよ。僕は、寝たふりしてるうちに、本当に寝てしまったみたいで、目が覚めたらもうママは眠ってた。だから、またママの足下に行って、ごそごそやってたら、ママのキックをくらいそうになってびっくりしちゃった。ママのキックには気をつけないとって注意してたのに、危なかったなあ。とにかく、僕が眠ってるときより、ママが眠ってるときの方が危ないんだよ。パパも気をつけた方がいいと思う。
 僕は、パパとママを振り向かせたあの叫び声を一生懸命思い出そうとするんだけど、どうしても思い出せないんだ。どうやってあんな声を出したのかなあ。一生懸命研究して、早く技術を身につけないと、またパパもママも僕に気がついてくれなくなっちゃうよ。でも、吠える練習なんかしてたら、きっとまた檻に閉じこめられちゃうだろうし、もう僕はどうしたらいいんだろうね。どこか僕だけで吠える練習をする場所が欲しいなあ。

《お父さんのおうち》
 僕にはよくわからないんだけど、パパのお父さんは違うおうちに住んでるみたい。パパもママもときどき僕を連れて、そのおうちに出かけるんだ。名前は「老人福祉介護施設」とか言ってた。難しいから二度と言えない。今日も、僕はパパたちに連れられてお父さんのおうちに行ったんだけど、お父さんに会いに行ったのはママだけで、パパは僕を近くへ散歩に連れて行ってくれた。僕は、駐車場から道路に出ることができなくて困ったよ。だって、道路との境に、僕の大嫌いな下水口があって鉄の網のふたがしまってるんだ。パパは僕が怖がってるのを知ってるから、僕をだっこして道に出してくれた。やっぱりパパは優しいね。
 僕にとっては初めての散歩道ばかり。パパは僕を大きな川の土手に作られた道に連れて行ってくれたんだ。草がいっぱいあって、もう僕は大興奮。パパもいつもよりゆっくり歩いてくれてたみたい。土手をしばらく歩いていくと、パパは時間が気になるみたいで、急に畑に降りる道に僕を誘ったの。僕はもっと土手を歩いていたかったんだけど、パパに悪いから畑の道に降りていったんだ。そこは肥やしのにおいがぷんぷんしていて、僕はとても心が癒されたよ。パパはお父さんのおうちを取り囲んでいるその土の道を歩いて、いつもの駐車場に戻ってくれた。もちろん、僕はまただっこされて入場。だけど、僕があんまりつまんなそうな顔をしていたから、パパはもう一度、今度は別の方向の道に僕を連れて行ってくれるって言ったから、僕は勇気を出して下水口の隙間を自分で渡ったんだ。偉かったでしょう?そしたら、パパは僕のことすごく褒めてくれた。「やればできるじゃん」って行ってたけど、もうやらないよ。
 しばらくパパとアスファルトの道を歩いていったら、また川の土手の道に上がることができたんだ。僕はまたまた大興奮。パパもとっても嬉しそうだった。それで、やっと太い道路に出たから、右と左をよく確かめてから反対側に渡って、また駐車場に戻ったんだ。今度もママはまだ来てなかったから、パパが三度目の散歩に連れて行ってくれるかなと期待したんだけど、パパは疲れちゃったみたいで、僕を抱きかかえると車の中に放り込んだんだ。もちろん優しくだけどね。それで、パパと僕はクーラーががんがんきいた車の中でママが戻ってくるのを待ってたんだよ。
 お父さんは、今日はお部屋替えだったみたいでママは大変だったって言ってた。この前の時はママが運転してて、家に入ろうとしたら車のおしりがブロックに激突して、びっくりした僕が車の中でおしっこをもらしちゃったんだけど、今度はパパの運転だから安心。パパは帰りにロト6とか言う宝くじみたいのを買ってた。何であんな紙切れ買うのか僕にはわからないなあ。だって食べられないんだもん。それから、パパはコンピューターの用紙を買いに大きなお店によって、それで家に帰ってきたんだけど、思った通りパパはさっさとバックで駐車場に車を入れてくれたから僕はびびっておしっこもらさなくてすんだ。ママったら、「やっぱり車の中、龍馬のおしっこくさい」なんて言ってた。ママが車をぶつけなければ、僕はびびらなかったのに、ママもひどいこと言うよね。だけど、おしっこもらしちゃったのは僕も反省してるの。パパはちっとも怒ってなかったけどね。ママの話を聞いても、ただ笑ってるだけだった。だから僕はパパが大好きなんだ。怒ると怖いけど普段はとっても優しいんだパパは。
 僕はママに抱かれて家に入って、パパは荷物を持って後から家に入ってきた。僕は足を拭いてもらって解放。すぐにいたずらを始めたから、おうちで留守番してたお母さんにまたしかられちゃった。でも、すぐに夕ご飯だったから、僕もそんなにいたずらはしなかったよ。いい子だもんね。

《どれが僕の本当の名前なの?》
 お母さんが言ってた。「最近の龍馬は盛りがついてきたんだね」どういう意味なの?パパは、僕がパパの太ももにかじりついて腰を振る真似をすると、すぐ僕のことを「こら、エッチ犬龍馬、やめなさい」って言うんだ。エッチ犬ってどういうこと?僕はどうしてそんなことしちゃうのか、自分でもわからないのに、何だかわけのわからない名前をつけられちゃって困っちゃうよ。それに、僕は家の中の木という木を全部かじっちゃうから、パパたちは僕のことを「かんな犬龍馬」なんて呼ぶこともあるんだ。もう、どれが本当に名前なのか迷っちゃう。それに、僕がおならをしたときなんか「すかしっぺ龍馬」なんて呼んだりもするんだよ。台所のゴミ袋に顔を突っ込んだりしてると「アサリ犬龍馬」って呼ばれたりもする。どうやら、「龍馬」だけは共通してるんだけど、その上につく名前がいろいろ変わるんだよね。どれか一つに決めてくれないかなあ。
 九月十五日で七ヶ月目の誕生日を迎えた僕は、パパによると体重が十・五キロもあって「デブ犬龍馬」だとか言ってた。僕のことそんな風に呼んでるけど、犬は飼い主に似るって言うんでしょう?パパだって七十五キロもあるんだから「デブパパ」だよ。僕はそんなパパに飼われてるから、「デブ犬龍馬」になっちゃったんだよ、きっと。パパは時々冗談なのか本気なのかわからないけど、「龍馬をコーギー犬に変えてみせる」なんて言って、ママとお母さんから「やめてよ!」ってしかられてる。コーギー犬って、あの足がものすごく短いデブ犬のことだよね。パパは僕をあんな姿にしちゃうのかなあ。僕は、あんなのいやだよ。僕は柴犬なんだから、柴犬のまま一生を送りたいんだ。
 僕が一番気に入ってるのは「龍馬君」って呼ばれるとき。パパは、自分で返事までつけちゃって「龍馬君、はーい」なんて僕をからかってるんだけど、僕は「龍馬君」がいい。お願いだからその上に余計な名前をつけるのはやめてくれないかなあ。最近では、僕がいたずらばかりしてるもんだから「いたずら犬龍馬」って言われることも多いんだ。
 でも、パパが言ってたけど、僕がもっと大きくなったら、すっかり落ち着いていたずらもしてくれなくなるだろうから、そのときになれば「いたずら犬龍馬」だった頃がきっと懐かしく思えるはずだって。どういう意味なのか、難しくて僕にはちっともわからないんだけど、それを聞いてママはうんうんうなずいてたよ。ママは、僕が大きくなって「オッサン顔」になるのを恐れてるみたい。いつまでも今のままの顔でいて欲しいってよく言ってるもん。だけど、仕方ないよね。柴犬は、大きくなると顔のところだけが白くなって、まるでおそば屋さんの前に立ってる狸みたいな顔になるんだ。パパは最近の僕の顔を見て「サル顔だ」って言うんだけど、それはあんまり失礼だよね。僕のは「たぬき顔」なんだから勝手に「サル顔」なんかにしないでもらいたいんだ。柴犬は狸顔であることが一番の誇りなんだって、散歩で出会った先輩の柴犬が言ってたよ。「お前もおれみたいにハンサムな男になるといいな」って、自慢してた。でも、その先輩はパパが言うように、本当に「サル顔」だったから、僕は先輩みたいにだけはなりたくないって思ったんだけど、それを言ったらかみ殺されるかも知れないと思って、ただ黙って先輩の話を聞いてた。途中で吹き出しそうになったけど、我慢したよ。
 パパが言ってたけど、僕の名前の「龍馬」って立派な人からとった名前なんだって。パパが尊敬してる人らしい。だから僕は海を怖がらないんだろうってパパが言ってた。僕は海が大好きなんだ。初めて海を見たときはもうすごく嬉しかった。そしたら、そんな僕を見てパパが言ったんだ。「こいつ本当に龍馬の生まれ変わりだったりしてね」って。

《海は広いな大きいな》
 僕が初めて海を見たのは、僕がまだ五ヶ月ぐらいのときだったと思う。パパとママが車で連れてってくれたんだよ。まだパパが前のお仕事をしてるときの話。パパは、前は学校の先生だったんだって。すごいなあって僕は思っちゃう。どうしてやめちゃったのか、パパは僕には話してくれないけど、ママとはときどき話してるみたい。パパは今のお仕事をものすごく頑張ってるけど、ストレスがいっぱいたまってるの、僕にはなぜかよくわかっちゃうんだ。だから、僕はときどきお仕事をしているパパのところに行って、パパの足をぺろぺろなめてあげるの。「龍馬、くすぐったいからやめろよ」ってパパは言うけど、本当はパパも嬉しいみたい。だって、僕がなめるとパパのストレスが少し消えるのがわかるもん。ママもいっぱいストレスためてるし、お母さんもそうだよ。だから、そういうときは僕がそばに行って、ぺろぺろなめてあげることにしてる。
 僕はね、あんまりストレスはたまらない。だってね、パパやママがいろんなところに連れてってくれるし、いつもはちょっぴり怖いお母さんも、夜遅くに居眠りしてる僕のところにきて、優しく抱きしめてくれるからね。みんな僕にとっても優しいよ。パパがママに言ってた。「龍馬が来てくれて、本当に良かったね。あいつは僕らの子供と同じ。あの子が来てから、打ちの中がぱっと明るくなったよ」ってね。そしたら、ママもそうだねって言ってた。だから僕はずいぶん役に立ってるみたい。
 ところで、僕は広い広い海が大好き。パパが言うように、僕は何とか龍馬っていう人の生まれ変わりなのかなあ。その人はとっても立派な人で、日本の歴史を変えた人だってパパがいつも自慢してる。僕に歴史の話をしたってしょうがないのにねえ。それとも、パパは今のお仕事で歴史も教えてるから、僕を相手に練習してるのかも知れない。ママが言ってたけど、パパとママは毎年一回か二回くらい、その龍馬っていう人のお墓を見に、京都っていうところに旅するんだって。今年も旅したいけど、予算がないって寂しそうに言ってたみたい。予算って何?僕も連れてってくれるのかなあ。パパは「龍馬は電車の中でじっとしていられるわけないよなあ」って言ってたけど、電車ってそんなに居心地悪いものなの?僕じゃ無理なの?僕も、行きたいよ。
 僕は、最初に海を見たとき、何だか飛び込んじゃいたい気持ちになったんだけど、それはちょっと怖かったの。だから、今度もっと大きくなったら、またパパとママに海に連れてってもらって、そこでバシャンって飛び込みたい。だってね、他の先輩たちは、気持ちよさそうに泳いでたよ。犬はもともと水の中で泳げるようにできてるらしいんだ。僕はまだ小さいから水浴びも苦手なんだけど、大きくなったらきっと泳いで見せるよ。

《どうして僕はお外で自由に遊べないの?》
 
 僕がおうちの中で一番気に入っているのはリビングルームの大きな窓のそば。まだ網戸になっていて、パパとママが夜になるとお庭の電気をつけてくれるから、外がよく見えるんだ。それでね、最近よく思うんだけど、僕はおうちの中では自由に歩き回れるし、朝と夕方にお散歩にも連れてってもらえるんだけど、どうして自由に遊び回っちゃいけないのかなあって。この間、ママと散歩に行ったとき、たまたまハーネスがはずれちゃって、自由になった僕はもうあちこち走り回ってたら、屋根にぴかぴか光るものが乗ってるパトカーとかいう車が2台も僕を追いかけてきて、それで道路の車もみんな止まっちゃって、大変な騒ぎになっちゃったの。最後は捕まっちゃったから、いい思い出にと思って、道の真ん中にてんこ盛りのうんこをしたら、車の中のおじさんやおばさんたちがげらげら笑ってたよ。それでね、ママは顔が真っ赤になってたんだ。ママも嬉しかったのかなあ。
 ママはパパの会社まで電話しちゃって、パパに怒られてた。僕はママに悪いことしちゃったなあって反省したんだけど、自由に走り回るのってすごく気持ちいい。パパは、お仕事から帰ってきた大笑いしてた。それでね、僕のことだっこして言ったの。「パトカーに追っかけられた犬なんてお前ぐらいのものだよ、龍馬。龍馬は大物だなあ」だってさ。僕は大物なんだね。だけど、ママは本当に困ったってパパにしきりに訴えてた。やっぱりママは嬉しくなかったのかなあ、僕のてんこ盛りのうんこ。あれ、最高だったと思うんだけど、やっぱりまずかったかなあ。
 でもね、散歩の時にお話しする先輩たちも「自由がないのはつまらんよ」って言ってるよ。どうして、僕たちはハーネスとか首輪とかしなくちゃお外に出られないのかなあ。みんなこんなにかわいがってくれてるのに、どうしてお外に出るときだけは意地悪するんだろう。僕は、それだけが不思議。そんな気持ちでパパの顔をじっと見てたら、パパに僕の気持ちが通じたのか、パパは僕をやさしくなでてくれて、「龍馬が車にひかれて死んじゃったら、みんな悲しむんだよ。だから、龍馬は嫌だろうけど、ハーネスは我慢するんだよ。お前が憎くて意地悪してるんじゃないんだからね」って言ってた。僕は、パパの言うことがわかったような、わからなかったような、ぼうっとしてたんだけど、パパとママとお母さんが悲しむんだったら、僕はハーネスぐらい我慢してもいいかなって思った。でもね、どこかちょっとでも隙間があいてると、僕は気がつかないうちに脱走しようとしてるんだなあ。だから、パパもママも戸締まりはちゃんとしてくれないと困る。
 いつか海に行って、砂の上を自由に走り回って見たいんだ。僕は絶対に逃げたりしないから、パパとママが僕のお願いをかなえてくれないかなあっていつも思ってるんだよ。

《僕は早起き鳥》
 僕は、夜寝るのが遅いのに、朝起きるのはものすごく早いんだ。朝の4時か5時には目が覚めちゃう。それで、誰かを起こそうと吠えたり唸ったりするんだけど、誰も起きてくれないの。それでね、今朝はすねてあちこちにおしっこやうんこをしちゃったら、お母さんがそのおしっこの海に足を突っ込んじゃって、ものすごく怒ってた。それで、ずっとずうっとお掃除してた。僕は、本当に悪いことしちゃったなあって反省してたんだけど、お母さんは「絶対に許してあげないからね!」って言って頭から湯気出してたから、僕はちょっと怖かった。そしたら、二階からパパが降りてきて、僕を檻に閉じこめちゃったんだよ。僕はずっとそのまま牢屋で過ごすのかと思ってたら、パパは自分のご飯が終わると、ちゃんと僕を檻の外に出してくれて、朝のお散歩に連れてってくれたんだ。
 今日のお散歩は、ずいぶん歩いた。さすがの僕も疲れたなあ。いつもとは違ったところへまで連れてってくれて、パパは僕にストレスがたまってると思ったみたい。僕はストレスじゃなくてうんこがたまってただけなんだけどね。
 僕は神社が大好き。だってね、神社はお砂や土がいっぱいあるから。それに葉っぱもどんぐりもいっぱいあるから。僕は一生懸命穴を掘るんだよ。おうちの中とは違って、ちゃんと穴が掘れるんだ。僕はもう大喜び。パパは中学生のお姉ちゃんに向かって、「ほら、お兄ちゃんは何してるのかなあ?」とか言ってた。お姉ちゃんはちょっとむっとしてたみたいだけど、パパはずっと気づかなかったみたい。パパは鈍いよね。ママは気づいてたみたいだけど、パパには内緒にしてたみたい。 帰るとき、僕が階段のところで踏みとどまっていると、ママなら優しく違う道を探してくれるんだけど、パパは強引に僕を宙に引っ張り上げて階段を下りさせたんだ。もう怖かったよ。でも、降りちゃうと別に何でもなかったから、パパに感謝しないといけないかな。それからずうっと広い道を歩いて、最後にいつものコースに戻ったの。おうちに到着する前に、パパは「最後はかけっこだ!」とか叫んで突然走り出したから、僕もついついつられて走っちゃった。これはこたえた。それでね、今日は足がどろどろに汚れちゃったから、パパは僕の足を全部お水で洗ってくれたよ。最初は「やめてくれーっ!」って思ったんだけど、結構気持ちよかった。
 それでね、今朝はちょっと下痢気味だったから食欲がなかったんだけど、パパが温めた牛乳をごはんにかけてくれたから、少しは食べられたよ。パパは優しいね。だけど、「牛乳なんかかけたらかえっておなか下すかなあ」って僕が食べ終わった後に言ってた。食べる前に言ってくれよって思ったけど、もう手遅れだから、僕はあきらめて食べ続けたよ。ママだけが心配そうに見てた。パパは全然平気。

《僕の見た夢》
 人間も夢を見るらしいけど、僕たち犬も夢を見るんだ。僕は、ゆうべとってもいい夢を見たんだよ。お花畑の中で仲良しのルルちゃんと遊んでた。ルルちゃんも赤芝で、しかもすごい美人なの。ルルちゃんだったら、きっとストライクゾーンの狭いママも認めてくれるだろうと思うよ。ルルちゃんは僕よりちょっと年下なの。それでとっても優しくて、ちょっと天然呆けしてるところがかわいい。僕はルルちゃんと結婚したいんだ。
 僕たちはお花畑のお花をばくばく食べてたから、僕たちのいるところだけ、お花畑ははげちゃった。そしたら、遠くからパパとママがやってきて、何でも好きなものをあげるから言ってごらんって。僕は、大好きなお肉の缶詰が欲しいって言ったら、パパが山ほど抱えてもってきてくれた。僕とルルちゃんは、お肉の缶詰をおなかいっぱい食べたから、もう満足で、お花畑の中でお昼寝をしたよ。
 僕たちが目を覚ますと、すぐそばに大きな風船がついてかごがあったから、ルルちゃんと二人でかごに乗ったの。そしたらね、かごはお空に向かってどんどん上がっていった。下を見たら、パパとママがにこにこしながら手を振ってたよ。僕もルルちゃんもとってもいい気持ちだった。風船はね、僕たちにどこに行きたいかって聞くから、僕が海に行きたいって言ったら、ものすごくきれいな海に連れてってくれた。そこで、風船は僕たちをおろしてくれたから、僕もルルちゃんも思いっきり白いお砂の上で追いかけっこをして遊んだんだ。そのうち、僕もルルちゃんもびしょぬれになっちゃったから、きれいな青い海の中に飛び込んじゃった。気持ちよかったよ。お魚がたくさん寄ってきて、僕とルルちゃんに挨拶してくれた。そしたらね、大きなイルカが遊びに来て、僕とルルちゃんを背中に乗せてぐんぐん海を泳いで行くんだ。もうすごい迫力。イルカさんもとっても優しかったよ。 しばらくしたら、僕はまた眠くなってきちゃって、「龍馬、龍馬」っていうパパの声で目が覚めた。気がついたら、僕はパパのおうちの中にいて、ルルちゃんもイルカもお花畑も風船も、みんなどこかに消えちゃってた。僕はすごくがっかりして落ち込んでたら、パパが心配して牛乳をくれたよ。僕は、牛乳がとってもおいしかったから、すっかりご機嫌になって、パパと一緒にボール遊びをした。その後は、またいつもの窓のそばでお昼寝をしたんだ。またルルちゃんに会えるといいなって思ってうとうとしてたんだけど、ルルちゃんはもう現れなかった。僕にもいつかルルちゃんみたいな恋人ができるかなあ。パパは僕の子供が欲しいっていってた。龍馬の子供だからきっとかわいいだろうって。僕も僕の子供たちが早く見てみたいけど、その前にお嫁さんを見つけなくちゃね。厳しいママの目を通過できるかわいこちゃんがいるかなあ。ママももう少しレベル下げてくれないとね。

《犬は喜び庭駆け回らない》
 この前パパが口ずさんでたけど、「犬は喜び庭駆け回り、猫はこたつで丸くなる」っていうやつ、あれは嘘だよ。犬にだって寒がりはいるんだから。実は僕は寒がり。それなのに、夏の暑いとき、パパが気を利かせてエアコンをがんがん効かせてくれたもんだから、僕はすっかりおなかを冷やして、げりぴーになっちゃった。それなのに「この子はどうしてこんなに胃腸が弱いのかねえ」なんてお母さんが情けなさそうに言ってたから、僕の方が情けなかった。
 僕は寒いのが大嫌い。だから、今はママが自分の布団を敷くと、僕はさっさとそこに移動しちゃう。それで、ママが振り向くと、僕が真ん中に陣取ってるもんだから、「この子は抜け目ないなあ」って笑ってる。僕は大きなマットの上が大好き。だってね、のびのびできるんだもの。それでもって、ママやパパがおもしろそうに僕のそばに寝そべると、今度は暑くてたまらないから、仕方なく僕はもとの窓際の大理石の上に移動。でも、パパがいなくなっちゃうとまたマットに移動。それでママの足をかみかみしてると、ママがマットの端っこに寄ってくれて、僕の天下になるってわけ。僕なりに結構頭を使ってるんだ。僕は、パパやママやお母さんになでなでされるのが大好き。なでなでされると、自然と体が上向いちゃうの。犬はね、滅多におなかを見せたりしないんだけど、おうちの中は安全だから別なんだ。僕はすぐにおなかを見せてころがっちゃうから、みんなおもしろがって僕のおなかをなでなでしてくれて、僕はどんどん気持ちよくなっちゃう。それで、ありがとうって言うつもりで誰かの手を噛んだりすると、「龍馬、かむな!」ってしかられるんだ。僕はありがとうを言ってるだけなのに、人間はどうして僕の気持ちがわからないのかなあ。僕が思ってるより、人間って頭が悪いのかも知れない。でも、パパは先生をしてるらしいから、少なくともパパは馬鹿じゃないとは思うんだけどね。
 最近はね、僕が寒がりなんじゃないかってママが気づいて、僕がお眠りしてるとママがやさしくタオルをかけてくれるんだ。それで僕はときどきわざとタオルを蹴飛ばしてママの注意を僕に向けようとするんだけど、ママは必ず僕の作戦にひっかかって、タオルをかけ直しにきてくれるんだ。パパもお母さんもみんな優しいよ。だから、甘えん坊の僕はわざとタオルを蹴飛ばしちゃう。そうすると、みんなが僕に夢中になってくれるから。
 だってね、最近インターネットをパパから教わったママは、パソコンに向かってる時間が増えて、僕と一緒に遊んでくれないんだ。だから、僕はわざとテーブルの脚を噛んだりママの足下にボールを持って行ったりするんだけど、ママは「ほら、龍馬、もうやめて」って言うだけで、目はしっかりパソコンの画面を見つめてるんだからいやになっちゃう。僕は、甘えん坊だから、いつも僕の方を見てて欲しいの。それがわがままだっていうことはわかってるんだけど、でも僕はまだ七ヶ月なんだから大目に見て欲しいんだ。そのうちやらなくなると思うしね。お散歩で遭う先輩たちも、二歳くらいでじゃれるのはやめたって言ってたよ。でも、時間がたつのって本当に早いんだね。僕がパパのおうちに来たのはついこの間のような気がする。あのころはまだ体重も5キロなかったのに、今ではパパがこっそりくれる牛乳のおかげで、体重もしっかり10・5キロになった。どこかのおばさんが「七ヶ月の柴犬にしてはずいぶん大きいわね」って驚いてたけど、パパは「男の子は大きい方がいいからどんどん大きくなれ」って言ってる。だから、僕はパパが好きなコーギー犬に負けないくらい大きな柴犬になろうと思ってる。体重はね15キロが目標。でももっと重くなってもいいけど、ママたちがだっこできないって愚痴こぼしてたからなあ…。

《人間もボール遊びが大好きなんだね》
 お散歩のとき、すぐ近くの中学校の生徒たちが、手にしゃもじみたいなのを持ってボールを打ってたよ。パパに聞いたら、テニスって言うんだってさ。お母さんは、よく棒でボールを打つやつをテレビで見てる。それは野球っていうらしい。それから、パパの弟は少し大きいボールを足で蹴るサッカーっていうのをよく見てる。人間も僕たちと同じで、ボール遊びが好きなんだね。うちのパパは野球と似てるけど、ソフトボールっていうのが好きなんだってさ。学校の先生をやってたときは、ソフトボールを教えてたって言ってたよ。女の子たちがやるんだって。僕たち犬も、女の子だってボール遊びが大好きだから、人間も同じだね。
 僕が大好きなのは、パパがボールを高くバウンドさせてくれるやつ。もっと小さい頃は怖くて飛びつけなかったんだけど、最近は空中でボールをキャッチすることができるようになったんだ。それが成功すると、パパもママも「龍馬すごいね!」ってほめてくれるから、僕も得意になって頑張っちゃう。だけどパパはお仕事で疲れてるみたいで、十回くらい遊ぶと、もうソファーにごろって横になっちゃうんだ。パパも大変だね。だけど、僕はパパにもっと遊んで欲しいから、そこらへんにあるものを加えて、わざとママにしかられる作戦をとるんだ。そうすると、パパも「しょうがないやつだなあ」って言いながら、もう一度ソファーから起きあがってきて、僕の相手をしてくれるんだよ。パパが遊んでくれないときは、ママを困らせるのが一番。だけどね、最近はママもだいぶ凶暴になってきて僕をプロレス技で押さえつけたりするから、びっくりしちゃう。ママは力がないと思ってたら大間違いだった。もちろん、ママに攻撃された後は、ママの髪の毛を後ろから引っ張って復讐するのを忘れちゃいけない。ママは悲鳴を上げて「龍馬やめて!」ってすぐ降参するんだ。もちろん、僕はすぐにやめたりなんかしないから、ママもまた僕を攻撃してきて、もう攻撃と復讐の連続でどうにもならなくなっちゃう。そういうときは、パパが登場して僕をだっこしちゃうんだ。僕は「パパおろしてよ!」って言うんだけど、パパの力には絶対にかなわないよ。それにパパがなでなでしてくれるから、気持ちよくなってすぐに暴れるのをやめちゃう。そうすると、パパは僕をやさしくソファーに寝かせてくれるんだよ。僕はそのまま寝ちゃうわけにはいかないから、また起きあがってママに復讐しにいくんだけど、またパパに捕まっちゃう。これが結構おもしろいんだ。
 パパは僕がわざとそうやってパパにだっこされたがっているのを知ってるみたい。だけど何回でもだっこしてくれるから、僕はパパが大好き。もちろんママも大好き。ママは僕が攻撃する髪の毛を切ろうかなって言ってたけど、それだけはやめて欲しいんだよね。

《僕のお母さんに会ってみたいなあ》
 僕は今までこんなこと考えたことなかったんだけど、この前パパが「お前もお母さんに会いたいだろうね」って言ったとき、そういえば僕はお母さんの顔もお父さんの顔も覚えてないことに気づいたの。どんな犬だったのかなあって今はすごく気になる。僕は赤ちゃんの時はお母さんのおっぱいを飲んでたんだろうって、パパが言ってた。そんなこと言われると、余計気になっちゃうよね。
 僕が覚えているのは、僕と一緒に生まれた赤ちゃんが他にも何匹かいたっていうこと。でもみんなの顔はもう思い出せない。いつの日かばらばらになって、僕はペットショップのご夫婦のところで、ミニチュアダックスの先輩たちと一緒に生活するようになったんだよ。パパが言うには、僕はものすごい血統の持ち主で、本当は品評会に出される予定だったんだって。それが、僕を飼う予定だった人が急に都合が悪くなって、ペットショップに預けられたらしいんだ。それで、ペットショップのご夫婦が、僕をかわいがってくれる人を探そうとして、インターネットオークションに出品されたらしいよ。それをパパが見つけて、僕のパパになった。僕は、今のパパもママもお母さんも、それからまだ会ったことがない介護施設とかいう場所に入っているお父さんも大好きなんだ。だけど、やっぱり本当のお母さんとお父さんに会ってみたいなあって思うときがよくある。でも、そんなこと思ってたらパパたちに悪いから、僕は一生懸命その気持ちを忘れるように努力してるんだけど、ときどき夢に本当のお母さんが出てきて僕におっぱいをくれるんだ。だから、忘れようとしても、またすぐ思い出しちゃう。顔は思い出せないけど、お母さんのおっぱいの感じと暖かい毛並みだけは覚えてるような気がするの。僕は悪い子なのかなあ。
 だけどね、パパが言ってたよ。世の中にはひとりぼっちで誰も振り向いてくれないようなかわいそうな動物たちや人間の子供たちがたくさんいるんだって。だから僕はものすごく幸せなんだって。そうだよね、僕はわがままを言っても、「しょうがないなあ」って言って笑って許してくれるパパやママやお母さんがいつもそばにいるんだから、本当に幸せなのかも知れないよね。こんなことを考えるようになったのも、僕が大きくなってきた証拠なのかなあ。
 僕はとってもかわいがってもらってるからストレスなんか全然ないんだけど、ママはときどき「龍馬はもっと遊んで欲しいからいたずらするのかしら」って、本気で心配してくれるんだ。そういうときは、僕は本当にごめんなさいって心の中で言ってるんだけど、僕の声はママには届かないみたい。確かにもっと遊んで欲しいって思うけど、パパもママもお母さんも、一生懸命働いてて、それで疲れちゃっても必ず僕の相手をしてくれるんだから、僕は自分がものすごく幸せだって、よくわかってるんだ。だけどね、いたずらは犬のお仕事なんだよね。これだけは、本能っていうやつで、僕の自由にはならないんだ。パパはそこらへんのこと、よくわかってくれてるみたいで、ときどき僕の目をじっと見て、にこって笑ってくれるよ。本当はママもお母さんもよくわかってくれてるんだよね。だけど僕のいたずらがあまりにもすごいから、「こら龍馬!」って僕を追いかけ回すことになるんだよね。僕は追いかけられると、ものすごく嬉しくなっちゃって、よけいいたずらしちゃうみたい。パパが牛乳をくれたときは、少しはおとなしくしなくちゃって思うんだけど、そのすぐ後で、またいたずらしてる。
 パパはときどき「龍馬はそのうち十万円でオークションに出しちゃおうかな」なんてびっくりするようなことを言うんだけど、あれ冗談だよね。僕は、もう少しできっといい子になるから、パパもママもお母さんも、絶対に僕のこと見放さないで欲しいな。

《僕はビニール袋が大好き》
 どうしたなのかはわからないんだけど、僕はビニール袋を見ると、どうしてもくわえて逃げたくなっちゃうんだ。ママたちが「うんちっち袋」って呼んでる、僕のうんこやおしっこを包んだシートを捨てるための袋も、僕にとっては格好の攻撃目標なんだよ。僕は、チャンスがあれば背伸びをして棚の上にのせてある「うんちっち袋」を何とかくわえて、さっと逃げる。そうすると、ママが「ほら、龍馬、それは駄目って言ったでしょ!」って言いながら僕を追っかけてくるから、僕は大喜びで逃げ回るの。最近はママとパパの挟み撃ちにあってすぐに逮捕されちゃう。それで仕方なく「うんちっち袋」はあきらめるんだけど、パパかママが一人のときは、僕の方が有利だよ。僕は袋をくわえたまま逃げ回るから、そのうち袋に入ってるシートが外に飛び出て、もうお部屋の中は大混乱。僕はそれが嬉しくて嬉しくて、何度しかられてもやっちゃうんだよ。
 台所のゴミ袋も、僕には格好の的。だってね、いろんなにおいがするから、ついつい惹きつけられちゃうんだ。僕たち犬は、人間の五百倍の嗅覚を持ってるから、においには敏感なんだよね。だから、台所のゴミ袋を僕から守りたかったら、僕が背伸びしても届かないところに吊しておかなくちゃだめなんだ。だけど、ママたちはいつも低いところに置いとくから、僕が攻撃することになる。そうすると、ママがすぐにとんできて「龍馬!」って叫んで、また僕を追いかけてくるんだ。もちろん僕は猛スピードで逃げ回るよ。パパがいると、いつもみたいにママと挟み撃ちになっちゃうんだけど、パパがいなければ、結構時間が稼げるんだ。
 僕は、ビニール袋のカサカサっていう音を聞くと、僕にえさをくれるみたいに勘違いしちゃうんだよね。だってね、いつも僕のえさは袋の中に入ってて、ごはんの時にはそこから出してくれてたから、習慣でそうなっちゃうんだ。カサカサって、ちょっとでも聞こえると、眠っていても僕の体は急に起きあがっちゃうの。それで、すぐに音がした方へ歩き出すんだよね。そうすると、パパが「龍馬は耳がいいなあ」って褒めてくれる。僕は褒められるとすぐ嬉しくなっちゃうから、ますますカサカサに敏感になるんだよね。
 でもね、パパが言ってた。「もしお前がビニール袋を食べちゃうと、それがおなかの中にたまって大変なことになるから、だからみんな怒るんだよ。みんなお前のこと心配してるんだから、もうやめなさい」パパの言うことはとてもよくわかるんだけど、僕はどうしてもビニール袋に反応しちゃうの。だから、いたずらしても絶対に食べないようにしてるよ。ただね、あわてて逃げ回ってると勢いで飲み込んじゃうことがあるから、それだけは気をつけないとね。また獣医さんのところで大嫌いなお注射されるのはごめんだもん。

《僕の大好きなお庭》
 パパのおうちには、立派なお庭があって、僕は夜パパが電気で照らしてくれるお庭を眺めて、大理石のボードの上で寝そべっているのが大好き。お庭にはいろんな虫が来たりして、僕の耳はいつもピクピク動きっぱなし。ついこの間まではセミっていう虫が、すごい鳴き声を出していて、もう僕の耳はレーダーと化して大変だったよ。あっちこっちから聞こえてくるから、レーダー大混乱なんだ。
 パパは昼間は、僕をだっこしてお庭を歩いてくれるんだよ。それで、僕がお花を噛むのが大好きなのを知ってるから、パパはいつもサルスベリっていうお花のところに僕を連れてってくれて、僕にお花を食べさせてくれるんだ。それから、南天っていう木の葉っぱも食べさせてくれる。「のどにいいから食べろ」ってパパが言うんだ。どういうことなのかよくわからないけど、僕はむしゃむしゃ食べようとするんだけど、あんまりおいしくない。パパのご自慢は、あじさいっていう木みたいだよ。パパがこれは何とかで、これが何とかでって、あじさいの名前を教えてくれるんだけど、残念ながら僕の脳みそにはインプットされない。確か、僕がパパのおうちにもらわれてきたときは、そのあじさいっていう木がきれいなお花をたくさんつけたたような木がするんだけど、僕はまだ小さかったからよく覚えていないの。パパは「来年、きれいな花が咲くから楽しみにしてろよ」って僕に言うんだけど、僕の興味はお花がきれいかどうかっていうことより、食べたらおいしいかどうかっていうことなんだなあ。パパはそこのところはまだわかってないみたい。
 最近は、お庭を歩いてもらっていると、風がとっても気持ちよくなってきたよ。風が冷たくなってきた。パパは「季節がどんどん変わるんだよ」って教えてくれたけど、僕にはそういうことはよくわからない。だけど、暑かったときより、僕は今の季節の方が好き。僕は寒がりだけど、今ぐらいの涼しさはとっても僕に合ってると思うんだ。パパは「秋」って言ってたかな、確か。僕は秋が大好き。それでね、暑かったときのことは「夏」って言うらしい。僕は夏は嫌いだよ。だってね、夏はパパが何かも僕をお風呂に入れようとするんだもの。僕はお風呂はあんまり好きじゃないんだ。パパは「気持ちいいだろう?」って言うんだけど、ちっとも気持ちよくない。シャワーをかけられているときは、何となく気持ちいいんだけど、アワアワで体を洗われてるときは、僕のにおいがどんどん消えてっちゃうから、嫌なんだ。パパもそこのところをもう少し考えてくれないかなあ。
 僕は秋が大好きだけど、お庭は少し寂しくなってきたみたい。お花の数も少なくなって何となく寂しいなあ。お花がいっぱい咲くのは「春」だってパパが言ってたけど、僕は早く春を見てみたい。春のお庭を歩いてみたいなあって思ってる。

《モードがころころ切り替わる僕》
 最近の僕は、じっと大人しくしてたかと思うと、急に暴れたりするんだ。僕にもどうしてそうなっちゃうのかわからないんだけど、そういう年頃なのかも知れないね。それに、家の中でもワンって大きな声で吠えられるようになったんだ。すごいでしょ。お母さんは「石山龍馬君って呼ばれたら、ワンって吠えるんだよ」なんて言うんだけど、そう簡単にワンワン吠えるわけにもいかないの。それは犬のプライドにかかわるからね。
 あとね、お散歩の時にマーキングができるようになったから、おうちのトイレでおしっこをしていても、気がつくと片足を上げちゃってるときがあるんだ。当然、僕のおしっこは床の上に飛び散っちゃうから、パパもママもお母さんも、ものすごく怒る。僕がお散歩でマーキングできるようになったときは、みんな大喜びしてたのに、おうちの中でマーキングすると怒るなんて、どうなってるの?
 それとね、僕はだんだん背伸びをすると高いところまで手が、あれ足がかなあ、まあどっちにしても届くようになったから、あちこち探検してると、すぐしかられちゃうの。お母さんははえたたきで僕をぶとうとするし、もういやになっちゃうよ。それで、あれがだめ、これがだめって言われてるうちに、僕はストレスが爆発しちゃうみたい。だから、大人しくしてても急に噛みついたりしちゃうんだ。もちろん本気で噛んだりはしないんだけど、噛んでるうちに夢中になって、途中から本気になっちゃうときもあるんだよね。
 どうして、モードがころころ切り替わっちゃうのか本当にわかんないんだけど、もう少し大きくなったら落ち着くかも知れないよ。お母さんは「他の家の犬もこんななのかね」なんて言ってたけど、僕は他の犬よりもずっとましな方だと思うんだけどなあ。先輩たちの話を聞くと、もっとすごいことどんどんやってるみたいだもん。だけどね、僕は基本的に気だてがいいから、そんな先輩たちの真似はしないんだ。いい子でしょう?
 あれ?何で僕は壁をひっかいてるんだろう。ほらね、自分でも気づかないうちに、モードがころっと切り替わってるんだ。きっと何かが動いたんだと思う。僕は家の中のクモとかゴキブリとかハエとか蚊とか、そういう動くものに敏感に反応しちゃうんだ。そういうときは、自分でも気づかないうちにからだが勝手に動いてるから、「どうしてあんたは考えてから行動しないの!」なんて言ってしかられても、僕の場合は行動してから考えるようにできてるから、しかたないんだよ。
 ほら、また怒られちゃった。何をしたかって言うと、絶対に言っちゃ駄目って言われてる部屋を探検しにいこうとしてたの。僕は暗いところがあると、すぐに探検したくなっちゃって、僕にうろうろされたくなかったら、パパたちも部屋中の電気をつけといてくれればいいと思うんだけど、駄目かなあ。

《どうして人間は喧嘩をするの?》
 僕たち犬だってたまには喧嘩をすることはあるけど、それでも本気でひどい喧嘩をすることなんかめったにない。でも、パパたちはときどき喧嘩みたいな言葉のやりとりをしてるときがあって、僕ははらはらしちゃうよ。パパたちは喧嘩してるつもりはなくても、僕には言葉の裏側の感情がはっきりと伝わってくるんだ。だから、強い言葉を聞いたりするとドキッとしちゃうんだよね。
 パパと一緒にテレビを見てると、いろんなことがあるんだなって勉強になる。難しくてわからないこともたくさんあるんだけど、どうやら人間たちはあちこちで殺し合いをしてるみたい。どうしてそんなことするのか僕には全然わからない。だって、死ぬっていうことは、もう誰とも会えなくなっちゃうっていうことでしょう?誰とも遊べなくなっちゃうっていうことでしょう?そんなの寂しくて僕には絶対に我慢できないよ。自分に我慢できないことは、きっと他の犬にだって人間にだって我慢できないことなんだろうから、だから絶対に誰かが死ぬのはよくないと思うんだよね。だから、どうして殺し合いなんかするのかなあ。
 この前パパが何かおもしろい機械をおうちの壁に一生懸命取り付けてた。僕は、おうちの中から網戸ごしにパパがはしごから落っこちちゃうんじゃないかと思って心配して見てたんだけど、パパがママやお母さんとお話ししてるのを聞いてたら、どうやらそれは「センサーライト」っていう特別な機械なんだって。パパがインターネットオークションで落札したって自慢してたよ。それはね、お日様のエネルギーで動くんだって。人間ってすごいね。お日様のエネルギーを使っちゃうなんて本当にすごいね。それでね、どうしてそんなものつけるのかっていうと、およその人が勝手におうちに忍び込まないようにするためらしいよ。パパはそういう人たちのことを泥棒って呼んでた。「これなら、泥棒も簡単には忍び込めないだろう」って。それに、僕のことも言ってた。「龍馬は泥棒にもすぐになついちゃいそうで、番犬としてはあてにならないからなあ」だって。失礼しちゃうよね。僕だって、知らない人が来たときにはワンワン吠えて教えて上げてるのに。そりゃあね、一回会って悪そうな人じゃないとわかったときには、二回目からはその人を見るとすぐにしっぽを振っちゃうんだけど、そういう人が泥棒になることはないんでしょう?それとも人間って、そういう人も信用しちゃいけないの?もしそうなら、僕には番犬はちょっと務まらないかも知れないなあ。センサーライトが活躍したら、僕はもう必要なくなって、パパがときどき冗談っぽく言ってるように、本当に十万円でインターネットオークションに出品されちゃうのかなあ。そんなのいやだよう。僕はパパやママやお母さんとお別れしたくないもの。いい番犬にならなくちゃね。

《血統書つきの柴犬》
 パパとママが話してたんだけどね、僕は立派な血統証がついた柴犬なんだって。本当は品評会に出される予定だったらしいんだ。人間っておもしろいことするよね。だってね、血統証ってどんなものかよく知らないけど、僕たちはみんな同じ犬なんだから、そんなものがあったてなくたってちっとも関係ないし、お散歩で出会う先輩たちの半分くらいは、雑種って呼ばれてる、血統証のない犬なんだ。それでも先輩たちはみんな立派だし、やさしいし、僕なんか血統証があるのに、おいたばかりしてるし、檻に閉じこめられて、反抗して檻の外におしっこしっちゃったりするし、要するに血統証っていうのは、全く意味がないんだと思う。
 もちろんパパもママも、そんなの関係ないって言ってたよ。僕に血統証がついててもついてなくても、龍馬は龍馬だって言ってくれてたから、それを聞いて僕はとっても安心した。パパが言ってたよ。「犬の血統証なんて人間の学歴と同じくらい信用できないさ」ってね。人間にも血統証があったんだね。パパの血統証はあんまり良くないらしい。だけどね、パパは実力で勝負できるっていつも言ってる。犬の世界だって、優しくて強い犬が一番尊敬されるんだ。犬の世界は実力勝負。だから血統証なんか、この世の中からなくなっちゃえばいいのにね。
 それに品評会だなんて、僕たちを見せ物にして人間たちが賞品をもらえるなんて、どこか間違ってるよ。見かけがすごく立派でも、意地悪な犬もいるし、性格が悪い犬もたくさんいるんだ。飼い主が悪い人だと、犬も性格が曲がっちゃうんだって、先輩が言ってた。うちのパパもママもお母さんも、悪い人じゃないから、当然ぼくはいい性格の犬になるってことだよね。えっ?いたずらばかりしてるじゃないかって?そりゃあ仕方ないよ。だって僕はまだ七ヶ月の赤ちゃんなんだから。
 パパがお母さんに頼まれて今朝僕の体重を量ってくれた。そしたらね、十一キロもあったんだよ。パパは大喜び。「龍馬、コーギー犬化計画」が順調に進んでるとかわけのわからないこと言って、ママにしかられてた。ママとお母さんは、足が短くてデブのコーギー犬が好きじゃないみたい。だけど、パパは体格のいい犬がいいっていつも言ってる。僕にも言うんだよ。「男の子はたくさん食べて大きくなれ」ってね。それでね、目標は十五キロなんだって。でも、もし僕が十五キロになったら、きっとママもお母さんも僕をだっこできなくなっちゃうね。僕をだっこできるのはパパだけになっちゃう。そういうパパも、もし僕が二十キロになったら結構苦労するかも知れないって言ってた。だから、僕は二十キロにはならないようにしようと思う。だって、誰もだっこしてくれなくなったら困るもんね。僕は眠たいときにだっこしてもらうのが大好きだから、十九キロでやめとく。

《ドングリころころドングリこ》
 パパは、僕がお散歩の時にうんこの中にドングリがそのまま混じってたってママから報告されたものだから、「ドングリころころドングリこ、おなかにたまってさあ大変」なんて妙な歌を歌ってた。どういう意味なのか僕にはよくわかんないけど、でもパパは歌があんまり上手じゃないみたい。「涙のキッス」とはだいぶ違ってたもん。
 秋はいいなあ。だってね、お散歩をしてると、たくさん葉っぱがあって、それが風に乗ってあっちこっちに動いたり、ドングリや椎の実やいろんな木の実が落ちてたり、僕はもう夢中だよ。でもね、ママが散歩の時には僕の自由にゆっくり道草させてくれるんだけど、パパの時はそうはいかないんだ。もう、ちょっとでも横道にそれたりすると、ハーネスをぐぐ〜んと引っ張られちゃう。だから、僕もわがまま言わないように気をつけてるんだ。でも、今朝だけは別だよ。だってね、同じ柴犬の先輩がいたから、僕が追いかけていこうとしたら、パパが駄目だって言うの。それでも僕が頑張ってたら、とうとうパパは降参して、先輩たちのところに連れてってくれた。先輩たちはもう5歳になるんだって。僕よりずっとずっと先輩なんだけど、どういうわけか僕の方が体が大きかったよ。僕はいつの間にこんなに大きな柴犬になっちゃったんだろうね。まだ七ヶ月なのに、こんなに大きくなって大丈夫なのかなあ。パパは「豆柴」ならぬ「デカ芝」だ、なんて言って笑ってたけど、僕にとっては笑い事じゃないんだよなあ。
 お散歩の時の楽しみは、草むらに入っていくことなんだけど、パパは他の犬のうんことかがあるからやめろって言うんだ。確かに、最近はうんこを片づけていかない人がすごく多いみたいで、パパが文句言ってた。「こんなことしてるから、市が変な看板を立てるようになるんだ。そのうち散歩も自由にさせてもらえなくなっちまうぞ」ってね。お散歩もできなくなっちゃうんじゃ困るから、みんなうんこはちゃんと持って帰ってね。パパもママもとても厳しくて、他のおうちの門のところに僕がマーキングしようとすると、すごく怒るよ。「よそのおうちの門におしっこなんかかけたら失礼でしょ」ってね。だから、僕はとっても礼儀正しい犬になったみたい。
 ときどき、とっても元気のない犬がお庭で寂しそうに座り込んでるのを見かける。パパは、きっと散歩もさせてもらってないんだろうなあって、ぼそっとつぶやいてた。かわいそうだなって僕も思ったよ。僕みたいに、毎日ちゃんとお散歩ができる犬と、そうじゃない犬がいるなんて、世の中は不公平だね。
 パパはね、お散歩から帰ってくると、シャワーで僕にお水を飲ませてくれるんだけど、ついでに僕の顔にもお水をじゃーってかけるんだ。ときどき、鼻に水が入って僕は大きなくしゃみをするんだけど、パパはそれをおもしろがってわざとやってるみたい。もう、僕はおもちゃじゃないんだよね。それでね、パパはきれい好きだから、僕の手足もきれいにお水で洗ってからじゃないと、おうちに入れてくれないんだ。僕は濡れるのが大嫌いなんだけど、おうちに入れてもらえないのは困るから、だからじっと我慢の子でいるよ。ママはね、やっぱりきれい好きなんだけど、お散歩の最後はけっこういい加減なんだ。僕の手足は適当にささって雑巾でこすって終わり。だからさすがの僕も気持ち悪くて、おうちに上がってから、自分でタオルに手足をこすりつけてる。ときどき、パパやママの洋服でこすってるんだけど、二人とも気づいていないみたい。
 ところで最近ね、僕のごはんは堅いつぶつぶになったんだけど、僕はどうも食欲がわかないんだ。お母さんが心配して柔らかい缶詰をくれるときもあるんだけど、それも食べたくない時があるよ。途中で栗をもらったり、ソーセージを食べたりしちゃいけないね。

《ハイテクパパとお庭の警備》
 パパは僕と同じで、機械が苦手なんだって。だけどね、お仕事で機械をいじってるうちに電気屋さんが開けるようになったって自慢してたよ。例えばね、僕はゴキブリが部屋を歩く音にもさっと気づいて追いかけるから、パパは「ゴキブリ探知犬」だと言って、最初の頃は笑ってたけど、僕が本当にゴキブリを食べたらいやだってママが言ったら、パパはさっそく得意のインターネットオークションでごきぶりが家からいなくなっちゃう機械を買ったんだ。それを部屋のどこかに取り付けてたよ。おかげで、もうゴキブリはいなくなっちゃった。
 その代わりね、パパがときどき僕をだっこしてお庭の散歩をしてくれるんだけど、秋になってからトンボがたくさん出てきて、僕はもうトンボに夢中。だけどね、トンボはお空を飛べるから僕には捕まえられない。だから僕はサルスベリの実を食べちゃったり、南天の葉っぱをかじったりして遊んでる。僕の運この中にドングリの実が混じってたってママが大騒ぎしてたけど、あれはサルスベリのつぼみだよ。僕が何個も食べちゃったから、それがうんこに混じって出てきたんだね。
 パパは、泥棒よけにソーラーライトとかいうやつを一生懸命取り付けてたけど、今度はソーラー石灯籠っていうやつをオークションで手に入れて、お庭に置いてある。それはね太陽の光を使って、夜になると明かりがつくんだって。だから僕は今日の夜が楽しみなんだ。お庭が明るくなると、夜の虫たちの動きがよく見えるんだもん。もちろん僕は外に出て追いかけるわけにはいかないんだけど、僕は動くものを見るのが大好きなの。
 でもね、最近のパパはオークションばかりやっていて、ママやお母さんにしかられてるよ。「そんなもの買ってどうするの」って言われてるみたい。でも、パパはそんなのにめげずに頑張ってコンピューターに向かってる。だけど、お仕事から帰ってくると、お食事をしてすぐにコンピューターの画面に夢中になっちゃうから、僕はつまらないんだ。せっかくパパが帰ってきたら遊んでもらおうと思って楽しみにしてるのに、パパはパソコンに夢中になってるから、僕がわざとパパの後ろで骨をごりごりかじってても、パパの足下にボールを運んできても、パパの足の間に入り込んでもぞもぞやっていても、パパは全然僕のことを構ってくれないんだ。そのうち僕はぱぱが印刷した紙をさっと盗んで、「ほら、パパこっちに取りにおいで」ってやるんだけど、パパはにこにこ笑ってるだけで、「それ、龍馬に読めるのか?だったらあげる」なんて言うんだもん、僕はがっかりしちゃう。僕を本気で追いかけてくるのはママだけ。それで、僕がなかなか捕まらなかったり、ママの腕に噛みついたりしちゃうと、ママは「こらっ!」って叫び声をあげて、僕をすぐに檻の中に閉じこめちゃうんだ。そういうときは、僕はとってもかわいそうな犬に見えるように、売るんだ瞳でパパの方を見つめるんだけど、パパと目があっても、「龍馬、お前そこでちょっとゆっくりしてろ。そのうち娑婆に出してやるから」なんて呑気なこと言ってるんだよ。だいたい「娑婆に出してやる」なんて、僕は牢屋に入れられてるみたいな気持ちになってきちゃうよね。でも、パパはパソコンのお仕事が終えると、ちゃんと約束通り僕を娑婆に出してくれる。「龍馬、やっと娑婆の空気が吸えるなあ」だって。パパは映画の見過ぎだと思う。それでね、よく大人しく待ってたからご褒美だと言って、僕に温めた牛乳をくれるの。僕は、食べ物や飲み物にものすごく弱いから、パパから牛乳をもらったりソーセージをもらったりすると、それまでのことは全部忘れていい子になっちゃうんだ。
 でもね、ハイテクパパはかっこいいよ。僕はパソコンなんかできないけど、ハイテクパパを尊敬してるの。パパはすごいよね。

《グルメ犬じゃないんだよ》
 パパたちが「食欲の秋」とか言ってるけど、最近の僕はなぜかあまり食欲がわかないんだよね。別におなかの調子が悪い訳じゃないし、元気いっぱいなんだけど、ごはんを出されてもフンって横を向いちゃう。これはどうも間食が多いからじゃないかってママは疑ってるみたい。確かに、パパもママもお母さんも、それぞれに「みんなに内緒だよ」って言いながら僕にいろんなものをくれるから。きのうなんか、パパはソーセージをくれるし、ママはパンをくれるし、お母さんはシューマイをくれたんだ。僕はもう大満足で、それでご飯の時間になってもおなかがすいてなかったんじゃないかなあ。
 でもね、お母さんは心配して、獣医さんがくれた「食欲が出るお薬」を牛乳に混ぜて僕に飲ませてくれた。そのあと、ママが2時間も散歩に連れて行ってくれたから、僕は食欲がどんどんわいてきて、やっとご飯が食べられるようになったんだ。そしたら、お母さんがとっても喜んでた。みんな僕のことを心配してくれてすごく嬉しいなあ。でも、そういう感謝の気持ちは僕はすぐに忘れちゃうんだけどね。またおいたを始めちゃう。
 僕のおかげで、パパのおうちの中は傷がついていないものはないの。すごいでしょ。僕が全部かじっちゃったから、パパが「こいつには木を食わしてけばいいよ」なんて言い出したんでびっくりしたよ。僕はキツツキじゃないんだから、木はかじっても食べたりはしないんだもん。
 ところでね、今日のお昼ご飯には、パパたちだけインターネットオークションで取り寄せた中国のごはんを食べてたんだよ。僕だけドッグフードでパパたちだけいいお食事なんてずるいよね。だから、僕はお母さんの足下にきちんと座って待ってた。そしたら、お母さんが「お前は自分のごはんをちゃんと食べなさい。ここにいても何もあげないよ」って言いながら、こっそりテーブルの下で僕にいろんなものを少しずつくれたんだよ。パパはちゃんと気づいてて、にやにや笑ってた。それでね、お食事が終わった後に僕に言ったの。「龍馬、きっとお前はフカヒレを食べた世界で最初に犬だぞ」ってね。フカヒレって何?パパたちの話では、海に住んでる鮫とかいうおっかないお魚のヒレなんだって。どうしてそんなものを人間は食べるんだろうね。おっかない魚をどうやって捕まえるんだろう。
 というわけで、僕は最近「グルメ犬」なんて呼ばれてる。そうじゃないんだよねえ。おなかがすいてれば、何でも食べるんだけど、おなかがすいてないだけなんだ。僕は、お散歩で気づいたんだけど、成長がものすごく早くて、他の柴犬の先輩たちと比べると、僕の方がずっと大きくなってる。パパは、「男の子はでかくなった方がいいんだぞ」って大喜びなんだけど、ママたちは「もうこれ以上大きくならなくていい」だって。どっちなの?

《やっぱりパパにはかなわない》
 パパは夜遅くお仕事から帰ってきて、お食事を済ますと、ママにせがまれて、必ず僕と遊んでくれるんだ。そうじゃないと、僕がすねていろんなおいたをするからなんだけどね。僕はパパの手に噛みつくのが大好き。パパは僕がパパの親指に噛みつこうとすると、素早く僕の鼻をつかむんだよ。僕は、鼻をつかまれて身動きができなくなって、暴れるんだ。それを何回も繰り返すのが僕にはとっても楽しんだよね。パパもそのことをよくわかってくれてるから、何度でも僕に噛みつかせてくれる。でも、そのうちパパは僕を捕まえて、自分のおなかの上に乗せると、僕を思いっきり抱きしめるの。僕は何とか逃げようとするんだけど、パパは絶対に放してくれない。それで僕に言うんだよ。「ほら龍馬、押さえ込みが決まったぞ。あと二十秒で一本だ!」だってさ。僕には何のことかよくわからないんだけど、それがパパの遊びらしい。
 そのうち、僕がぐたっとすると、パパは僕を解放してくれるんだけど、パパにはもうかなわないから、今度はママを攻撃しにいくんだ。ママの背中から回り込んで、ママが束ねている髪の毛に思いっきり噛みつくの。ママは「やめてよ!」って悲鳴を上げながら、僕を何とか引き離そうとするんだけど、僕だってそう簡単に放すわけにはいかないよ。だってパパにやられちゃったんだから、ママに買って仕返ししなくちゃいけないからね。
 そうすると、今度はママが凶暴になって僕を押さえ込むんだ。パパはそれを見て言ってるよ。「龍馬、ママはレディースのボスだったんだから、怒らせたら怖いんだぞ」って。レディースって何だろう。ママはそんなに怖いことしてたのかなあ。あんなに優しいママが、どんなことしてたのか僕は知りたい。でも、パパの言ってることもあてにはならないからなあ。ママは「私はレディースなんかやってないってば。一匹狼だったんだから」ってパパに言い返してるよ。ママはオオカミだったんだね。パパが前に教えてくれたんだけど、僕たち犬はオオカミから別れたんだって。オオカミの中から、人間のそばで暮らすことを怖がらなくなったものたちが、僕たちの祖先なんだってさ。だから、僕とママは仲間なんだね。
 それでね、パパは僕の後ろ姿をまじまじと見ながら言ったよ。「龍馬、お前はまだ8ヶ月にもならないのに、やっぱりでかすぎるかなあ」だって。男の子は大きくならなくちゃ駄目だって言ったのはパパなのに、でかすぎるなんてひどいよ。僕はパパに喜んでもらいたくて一生懸命大きくなったのにさ。それに僕は最近はやりの「豆柴」じゃないんだからもっと大きくなるよ。そのうち、パパにも勝てるようになるかも知れないね。
 ああ、パパとママと遊んでたらすっかり眠くなっちゃった。今日はもう寝ようかな。そう思ってたら優しいママが毛布をくれたよ。

《僕がパパになる日》
 ゆうべ、僕が毛布を噛んでばりばり引きちぎろうとしていたときね、ママが「ほら、やめなさい、龍馬!」って言って僕をしかった後で、「そんなことでパパになれるの?」って言うんだ。僕がパパになるってどういうことなのかなあ。しばらく悩んでいたら、パパが優しく説明してくれた。「龍馬がね、かわいいお嫁さんをもらったら、かわいい子供が生まれるんだよ。その子たちはみんな龍馬の子供なんだよ。きっとかわいいぞ」ってね。そうだったんだ。僕に子供ができるんだね。僕と同じ顔をしてるのかなあ。それに、僕のお嫁さんってどんな女の子なんだろう。僕は何だかわくわくしてきた。パパが言うには、僕が一歳になった頃に、お嫁さんが来るらしいよ。それで、僕は柴犬としてはとてもハンサムだから、きっとお嫁さん候補がたくさんいるだろうって言ってた。そうなると、いつまでもおいたの赤ちゃんでいるわけにはいかないかも知れないなあ。
 ママはね、今日からお仕事を始めるんだって。パパとは違って、朝からお仕事だから、しばらくは僕のお散歩にはつきあえないって言ってた。ちょっと寂しい。でも、その代わりパパがインターネットで夜更かしして朝寝坊するのをやめるんだって。それで、朝のお散歩はパパが連れてってくれるみたい。うちの人たちはみんなとっても働き者なんだよ。みんな一生懸命働いて、偉いなあって思う。僕なんか、食べて、遊んで、寝てを繰り返してるだけだから、何だか申し訳ないなあ。でも、そんなこと考えてしょぼっとしてたら、パパが「龍馬は、パパたちと一緒にいてくれるだけで、大きな仕事をしてくれてるんだから、それでいいんだよ」って言ってくれたから、僕は急に元気が出てきて、パパとプロレスごっこを始めちゃった。
 パパはすごいよね。僕の気持ちがすぐにわかっちゃうんだから。僕もパパやママやお母さんの気持ちはすぐにわかっちゃうんだけど、お散歩で会う先輩たちが、そういうのは犬に与えられた特別な能力なんだって言ってた。でも、うちのパパたちは僕の気持ちがちゃんとわかるんだから、人間にだって特別な能力がある人たちがいるんだよ。だけどね、それについてはパパとママがおもしろい話をしていたよ。「犬には特別な力があって、老人のかたまった心をほぐしてくれるのよね」ってママが言うと、パパが「そうだね、イルカもそうだけど、動物たちには人間の心のしこりを取り除いてくれる特別な能力が備わっているんだよね」って。
 僕たちはそんなに特別なんだね。人間の方がずっと立派で、僕たちは人間のためにペットになっているんだって思ってたけど、本当は僕たちは特別な存在なんだね。そうやってちゃんと僕たちのことよく思ってくれるパパやママのところにもらわれてきて、僕は本当に幸せだよ。お散歩にも連れてってもらえないかわいそうな友達がたくさんいるんだもんね。動物は大嫌いだっている人間たちもたくさんいるよ。僕はお散歩をしてて、すれ違う人間たちがどんなこと考えてるかすぐわかっちゃうんだけど、犬が大嫌いだって思ってる人間はたくさんいるよ。中には、できれば懲らしめてやりたいと、ものすごい悪い感情を持ってる人もいる。そういうやつに捕まっちゃったら、何をされるかわからないから怖いなあって思う。
 先輩の話では、ご飯もろくにもらえないで、もちろんお散歩にも行けないで、太陽の光もちゃんと当たらないような裏庭で飼われていた仲間が、病気になって死んじゃったんだって。そんな風にしか飼えないんだったら、最初からペットなんか欲しがらなければいいのにね。人間って勝手なんだね。パパが言ってたよ。「最近は珍しいペットを買って、そのうち面倒見切れなくなって捨てちゃうやつが多い」って。僕はだんだん腹が立ってきた。 僕の仲間の犬には、人間にいじめられて育ったから、人間をとっても恨んでるやつもいるんだよ。「いつか噛みついてやる」って会うたびに言ってるもの。本当は、犬は人間を大好きになるようにできてるのに、そうやって人間を恨む犬が出てくるのは、みんな人間のせいなんだ。せっかく人間のために頑張ろうって思っているのに、石を投げる子供がいたり、けっ飛ばす大人がいたり、そんなことされたら誰だって人間のこと信用しなくなっちゃうよね。
 パパはお仕事で「英語」以外にも「数学」や「社会」も教えてるらしいんだけど、よくママに社会の勉強の話をしているよ。「人間はどうしてお互いに恨むことしかできないのかねえ。戦争が世の中からなくなることはまずないだろうなあ。自分のことしか考えてないんだからね」って。僕にはちょっと難しいお話だったけど、みんなもっと優しくなればいいんだよ。パパたちみたいにね。

【あとがき】
 秋の気配が色濃くなりました。空気のにおいが違うのです。私は、この時期の少し冷たくなった空気に触れると、教師をしていた時代の合唱コンクールを思い出します。まさに芸術の秋ですね。
 犬は人間の五百倍の嗅覚を持っているそうですから、龍馬には私以上に季節のにおいの変化がわかっていることでしょう。最近は、落ち葉が多いせいか、散歩に出かけると、やたらとあちこちを捜索しています。そして、手頃な木の枝や木の実を見つけると、ぱくっとくわえて、そのまま散歩を続けるといった有様です。
 龍馬がインターネットオークションに出されていた当時の写真が、まだそのままコンピューターの中に保存されているのですが、その写真を見るたびに、懐かしく、また短期間にいかに大きく成長したかということを改めて思い知らされます。成長したのは体格だけではなく、確実に知恵もついてきているのです。物語の中では龍馬は私たちの会話が全て理解できていることになっていますが、本当に九十パーセント以上は理解しているのではないかと思えることがよくあります。もちろん、自分に都合が悪いことは、わからない振りをしていますが。
 これはあくまでも「物語」ですから、勝手に龍馬に年齢を重ねさせることもできたのですが、私たちにとってあまりにもかわいい存在である彼には、たとえ小説の中であっても簡単に年をとっていって欲しくないという気持ちがありました。ですから、敢えて龍馬の年齢は実年齢のままストップさせてあります。これから龍馬が成犬になって、本当に子供と持つようになれば、そのときはまた続編が書かれることもあるでしょう。
 それにしても、動物の存在というのは、人間にとってかくも貴重なものかと、龍馬と一緒の生活が始まって、家族一同改めて思い知らされております。犬や猫の老人ホーム訪問などというニュースが実際に報道される時代でもありますが、動物たちには人間の心の傷を癒す特別な力が備わっていることは確かでしょう。アメリカで自閉症児の治療法としてイルカと一緒に泳ぐプログラムが開発されてからもう十年以上たちますが、イルカの発する超音波が、人間の脳に及ぼす影響については、科学的なデータもとられています。私は敬虔なクリスチャンではありませんが、仏教徒ではあっても、この世の中に神様が動物を誕生させた理由がわかるような気がします。
 しかし、私たち人間の世界は本当に病んでしまいました。小学校の飼育小屋のうさぎやにわとりが惨殺されるという事件は、もう大騒ぎにさえなりません。動物の命を粗末に扱う神経は、やがては人間の命を軽んじるすさんだ心へと退化していきます。弱い立場の動物たちに刃を向けるということの卑劣さを、どうして私たちは糾弾できないのでしょうか。こんなことが許されていたら、本当に殺伐とした世の中になっていくことでしょう。実際に、最近のテレビニュースは毎日のように殺人事件を報道しているではありませんか。もしかしたら、もう手遅れなのかも知れませんね。矢ガモや矢猫が話題になった時点で、何らかの対策を講じていなければならなかったのです。それなのに、私たちは不況の中で自分たちの生活の面倒を見るので精一杯になっておりました。そして気がついたら、昼間でも安心して外を歩けない時代になってしまっていたのです。
 大人はもう変えることができないでしょうが、せめて未来を担う子供たちには、動物たちと自然に接する中から、命を大切にするやさしい心を育んでもらいたいと思います。最近ではペットOKのマンションも増えています。この機会に、ぜひ子供たちと動物を共存させる意義を再認識したいものです。もう一度健全な世の中を取り戻すためにも。
 ところで、先日散歩でよく会うご婦人からおもしろいことを言われました。「あら、ママと散歩しているときとは全然違うのね」だそうです。私は、龍馬がどこか道草をくおうとしているときには、強引にリード(アメリカ英語ではリーシュ)を引っ張ってしまうので、龍馬も私の横にしっかりついて歩かざるを得ないのですが、妻が散歩をしているときには、龍馬の力が妻の力を勝ってしまうということと、妻があまり龍馬をしばりたくないという気持ちでいることから、龍馬は自由気ままな歩き方をしているのでしょう。最近は犬のしつけに関するテレビ番組なども多く見られるようになりましたが、それはあくまでも人間を主人と仮定したときの発想であって、犬たちからすれば「しつけ」など余計なお世話なのです。ですから、私たち夫婦はこれでちょうどバランスがとれているのかなと思っています。
 龍馬は、私たちの注意が自分の方に向いていないと、わざといけないことをして何とか私たちの注目を浴びようとします。きっと、幼い子供たちも同じように、親から注目されたいと思うのでしょうね。子育てを考えさせられる龍馬の行動です。
 また、龍馬は家中の木という木をみんなかじってしまうので、新築十年ほどの我が家はすっかりぼろぼろになってしまいましたが、私の母も妻もそのことでは本気で怒らないところが私を安心させてくれます。犬でも人間でも、子供は大人の考える規律や枠組みには思うようにあてはまらないものです。そして数々の失敗を繰り返しながら、生きる知恵を学んでいくのだと思うのです。そういう意味では最近の子供たちは表面上「いい子」でいすぎると思います。龍馬も、あまり規律にしばりつける育て方をすると、きっと表面上の「いい犬」になってしまうと思うのです。いい子を演じる生活は、必ず陰で陰湿かつ深刻な悪さを誘うことになるでしょう。それが、やめる現代の子供たちの姿ではないでしょうか。凶悪犯罪の低年齢化が騒がれていますが、ふだんいい子でいることを強要しすぎるから子供たちはエネルギーをマイナスの方向にためてしまうのではないでしょうか。その点、犬は正直ですから、めったに表面を繕うことはしません。その代わり、いたずらもしますが、非常に心優しい行動をとるときもたくさんあるのです。それが昔の人間の子供たちの姿でもあったのではないでしょうか。
 私たち夫婦には子供がいませんが、龍馬は私たちに子育てについていろいろなことを考えさせてくれました。私は教師を辞めた現在もまだ小中高生の教育に携わる仕事をしているので、龍馬との生活は非常に勉強になります。規律と自由との兼ね合い。この二つのバランスを大人や主人が上手にとらないと、子供たちもペットたちも順調に育ってはくれないのです。私たちは、これからも龍馬から多くを学びながら生活していくことでしょう。 あとがきが長くなって恐縮ですが、つい先日母をスタートとして家族が風邪にやられてしまいました。そのときの龍馬の行動が実に不思議だったのです。いつもなら、腕をかんできたり、そばにボールを持ってきては遊ぶようにせがんだりするはずの彼が、例えば熱があってふらふらしていた私のところへやってくると、突然私の手を優しく舐め始めました。甘えて舐めているのではなくて、明らかに私の体調を心配して舐めてくれいるのがわかりました。いくら動物の勘が鋭いとは言え、風邪を引いて調子を崩している私の様子まで全て感じ取ってしまうのだとしたら、本当に驚くべき事だと思うのです。自分が調子が悪くても、決して言葉で表現することができませんから、じっと耐えて我慢することも多いはずの彼が、家族の健康には敏感に反応して何とか傷を癒そうとしてくれるのですね。私は本当に感激してしまいました。本当にかわいくてしかたのない愛犬です。