「しつけのできない教師たち」
 
《まえがき》
 現代っ子気質を語るとき、学校の先生たちばかりでなく、多くの大人たちが「家庭でのしつけがなってない」と異口同音に語ります。確かに、私たちが子供時代を送った三十年以上前の日本の社会は、核家族化もまださほど進んでいなかったこともあり、祖父母の世代も父母の世代も、非常に厳しい昔風のしつけをしたものでした。おなかがすいて、食卓のおかずをつまみ食いなどしようものなら、父親に隣の部屋に連れて行かれて、張り手を食らわされた記憶も鮮明に残っています。街を歩いていて、足の不自由な人とすれ違うと、子供ですから振り返って指を指したりするものですが、一緒に歩いていた親は「他人様を人差し指でさしたりしてはいけません」ときっぱりと言い切ることができました。悪さをすれば、親だけでなく近所のおじさん、おばさんも遠慮なくしかってくれたものです。
 それが、高度経済成長によって家庭生活が豊かになるのと平行して、子供たちに対する要求も次第にレベルの低い甘いものになっていきました。最近では、他人からものをもらっても「ありがとうございます」という簡単なお礼の言葉さえ言えない子供たちが増えています。朝夕の挨拶もろくろくできません。いったい、家庭のしつけの不備だけがこのような礼儀作法を知らない子供たちを作り出してしまったのでしょうか。
 そういう目で社会を見回してみると、大きな変化が子供たちだけでなく大人たちの世界にも起きていることに気づきます。長年教師をしていた私の感覚では、むしろ大人の世界の変化の方が大きいような気がするくらいです。よく、全校朝会などで学校長が「オアシス」を大切にしましょうなどという話をします。「オアシス」とは「おはようございます」「ありがとうございます」「しつれいします」「すみません」という人間の基本的なあいさつを意味しています。ところが、おもしろいことに「オアシス」が欠けているのは、教室の中ではなく、むしろ職員室の方だったのです。同僚が気を利かして机上にプリントを配って歩いていても、「あ、どうも」という軽い挨拶さえできない先生がどれほど多いことか知れません。確かに仕事に忙しくそれどころではないのはわかりますが、これでは子供たちのしつけがどうのこうのと偉そうなことは言えませんね。ましてや、しつけのできていない子供たちを、家庭の責任に押しつけてしまうなどもってのほかということになるでしょう。
 私は、学校の先生たちだけがいけないのだと言うつもりは全くないのですが、それでも敢えて「目を覚ませよ!」と呼びかけたいのです。先生たちが変わるだけでも、子供たちは変わることができるからです。しつけから逃げずに頑張る先生たちが増えることを祈っています。
 ただ、前述したように、この本を読んだからと言って、「全ては学校の先生が悪い」などと、自分のことを棚に上げて一方的に非難することは絶対にやめてもらいたいと思います。「あなたのせいで私はこんなになってしまったのよ」という言い分は、いくら子供であってもあまり格好のいいことではありませんし、基本的には人間としてのしつけは家庭でなされるべきであり、そのことはこれからも変わらないでしょう。私は、家庭にしつけを期待できない時代だからこそ、学校の先生たちがもっと頑張るしかないのだと言いたいのです。
 教師は、民間の人たちに比べたら、遙かに恵まれた待遇を受けています。自分が恵まれた環境にあることは、学校という狭い世界にこもっているとなかなか気づきませんが、世間の同じ世代はもっと大変な思いをしながら生活していることを忘れてはいけません。

《不思議なほど無愛想な職員室》
 いやあ、これは本当に信じがたい話ですし、全ての学校がそのような状況にあるとも思えません。中には健全な職員室がいくつも存在するはずです。しかし、私が経験したある職員室は驚くほど無愛想な空間でした。
 まず驚いたのは、学年主任の先生たちのあまりの面倒の良さです。その学校では、授業を少しでも早く始めて、放課後の時間に余裕を持たせようという配慮がなされていたために、朝の打ち合わせの時間も、決められた曜日にしか実施されていませんでした。そこで学年主任の先生方は、その日の日程や予定を丁寧に書き込んだメモを毎日作っては、担任だけでなく、学年の先生たちの机上に置いて回ってくれたのです。私は、そこまでする必要が本当にあるのだろうかと疑問に思いましたが、せっかく細かな気配りをしてくれている主任の先生の気持ちを思うと、そうとも言い出せず、せめて配って頂いたときには必ず「ありがとうございます」と声をかけられるように努めていました。こんなことを書くこと自体がおかしいですね。なぜなら、他人から何かをしてもらったときにお礼を言うのは人間として当たり前のことだからです。ところが、多忙な生活を余儀なくされている担任たちは、目の前にプリントが置かれてもろくに挨拶もしないのです。私は、最初にその光景に出くわしたときは、我が目を疑ってしまいました。「何だこの人たちは。忙しいのは担任だけじゃないんだぞ」でも、転勤したばかりの自分の立場を思い、怒りの言葉はぐっと飲み込みました。
 ところが、そのような状況は私の学年だけではなく、職員室のあちこちに蔓延していたのです。誰かが何かをしてくれるのは当たり前だという感覚は、いったん広まってしまうと、AIDSのウィルスと同じように退治をするのがほぼ不可能になってしまいます。笑えるのは、誰かがおいしいコーヒーを入れたときだけは、必ず「いただきます」とか「ありがとう」などと言って、愛想を振りまいていたことです。これでは、食べ物をもらうときだけ素直になる動物たちと少しも変わらないではありませんか。
 そんな職員室でしたから、誰か一人に大変な仕事が押しつけられる状況が生じてしまっても、誰も手を貸そうとはしませんでした。礼儀も情けも存在しないのです。忙しい思いをしたくなければ、無能な教師を演じるか、またははっきりと「自分にはできません」と断ることです。しかし、四十歳も超えた年齢の教師が、何か仕事を頼まれて、あれができないこれができないと言い訳をすることがどれほどみっともないことか、学校の先生たちにはちっともわかっていないのです。民間の企業だったら確実にリストラですね。実際、私は転勤早々いろいろな仕事を押しつけられました。どの仕事も今までに経験したことがないものばかりでしたが、私は幸いにも好奇心が非常に旺盛なので、失敗してもともとという開き直った気持ちで、全ての仕事を引き受けました。チャイムの担当・視聴覚・コンピューターのデータ処理・総合学習・学校周年記念誌編集長と、私の肩書も実に増えました。実にありがたいことです。私は家のビデオデッキで番組録画の予約もできないほどの機械音痴だったのですが、その私に視聴覚機器の管理とコンピューターのデータ処理を任せようと言うのですから、ずいぶんと大胆な学校です。私は毎日一生懸命勉強しました。すると不思議なことに、今まで苦手だと思っていたハードの扱いが、意外と私の性に合っているということに気づいたのです。これは非常に愉快な経験でした。毎日新しい知識と技術が身に付いていくのは、学生時代に戻ったような実に新鮮な感覚でした。おかげで、視聴覚機器にもすっかり精通し、コンピューターの腕前もあっという間にインストラクターレべルにまで達してしまいました。
 ところが、問題が起きたのです。それは、データ処理をする技術がせっかく身に付いて自分なりにソフトに改良を加えられるレベルにまで達したというのに、肝心のデータが期限通りに集まってこないのです。何というだらしない先生たちでしょう。それでいて、いったんデータを提出すると、結果だけはすぐにでも手に入れたがるのですから、これほど自分勝手な人々もそうそう世の中に存在しないのではないかと、あきれてしまいました。チャイムにしても、複雑な変則日課の日まで誰にも迷惑がかからないように、朝のうちに特別なシートを作って機械に入力していたのですが、たまに間違ってチャイムが鳴ったりすると、そういうときだけ大騒ぎするのです。人間だからミスだってするではありませんか。しかも、それまでのチャイム担当は変則日課については、職員室に空き時間でいる先生たちに手動でチャイムを鳴らすようにお願いしていたのですよ。私はみんなに感謝されてしかるべき存在だったのに、誰もそのことで私にお礼を言ってきた職員はいませんでした。正確には教務主任の先生と教頭先生以外にはです。
 ここまで書けば、周年記念誌の編集がいかに大変だったか、想像がつくのではないでしょうか。毎晩三時四時までのほとんど徹夜に近い作業が九ヶ月間も続いたおかげで、私の脳細胞は爆発寸前の状態になりました。実際通勤途中の車の中でほんの数秒意識を失い、電信柱に激突する事故さえ起こす有様です。おかげで、自動車保険の金額が増えてしまいました。車の修理には四十万円近くかかったので、保険を使わざるを得なかったのです。幸いにも、私自身はかすり傷さえすることがありませんでしたし、歩行者を傷つけてしまうこともありませんでした。その時間帯は、小学生の登校時間帯でもありましたから、今思えば本当に運が良かったと神様に感謝しなければならない状況だったのです。小学生の登校の列にでも突っ込んでいたら、私は懲戒免職になっていたことでしょう。それに、運が悪ければ、何人かの子供たちの貴重な命を奪っていたかも知れないのです。
 私の執念で、立派な記念誌は完成しましたが、私はこの仕事に関しては、学校をやめた今でも職員を恨んでいます。そして、もし学校を訪問するお客さんたちに、自慢してこの記念誌を見せていたとしたら、私は絶対に許しません。本当は、著作権が私のものになるようにこっそり細工を施しておくことも印刷会社と密談していたのですが、さすがにそんな汚い真似だけはやめようと決心しました。しかし、おそらくあれだけの記念誌が、たった一人の職員のコンピューター操作によって作られたのだということを知る人々は少ないでしょう。別に自慢するわけではありませんが、印刷会社の編集担当でもなければ、私のやった仕事を真似できる職員など、絶対に存在しないと断言できます。印刷会社の担当者は、私が学校から百万円近いボーナスをもらうべきだと真剣に言ってくれました。
 私は、それだけ仕事を請け負っていても、まだまだ精神的には余裕があったので、いたずら描きなどですっかり汚れてしまっていた校舎の廊下の壁面を毎日少しずつハイテクたわしできれいにしていく作業に夢中になりました。これは、大変な作業ではありましたが同時に結果が目に見える仕事でもあったのでとても楽しく取り組むことができました。事務室の先生方は、そんな私を見て、高価なハイテクたわしを大量に買い込んでくれました。一年間かけて、学校の壁は見違えるようにきれいになりましたが、そのことで私に言葉をかけてきた職員もまたほとんどおりませんでした。「勝手にやてるんでしょ」という感覚なのでしょうか。それとも「何でお前たちはこういう仕事に手抜きをするんだ」と皮肉を言われているような気分になってのでしょうか。彼らの心境は理解できませんが、お世辞でも「ご苦労様」のひと言ぐらいかけてきても罰はあたらないでしょうにね。
 具体的な事実をいくつもあげてきましたが、この類の記述を続けたら、それだけで一冊の本になってしまうので、この辺でやめておきましょう。要するに、それほど無礼な職員室だったということです。ところが、そんな先生たちが、生徒の無礼に関しては実に厳しいのです。職員室への入り方やあいさつの仕方まで、しつこく指導しています。私からすれば、そんなことどうでもいいのです。先生たちが普段から身をもって示していれば、子供たちは自然に真似をして覚えることだからです。子供たちが無礼なのは、職員の姿をそのまま映し出しているだけなのだという単純な事実に、誰も気がつかないというのは、本当に馬鹿な人たちだったのでしょう。自分には際限なく甘く、他人(生徒も含めて)には非常に厳しい人たち、それが職員室の先生たちでした。おぞましい限りです。

《掃除の反省会》
 どの中学校でも、今は掃除の終わった後に「反省会」なるものを必ず実施しています。十数年前にはじめて「反省会」が登場してきたときは、私たちは大変な違和感を覚えたものでした。一緒に掃除場所にいるのだから、誰が掃除をしていて、誰が手抜きをしていたかなど一目瞭然なのに、なぜ形式的な反省会をいちいちしなければならないのか、それが理解できなかったのです。「反省会」と言っても、実際には「何か反省はありませんか?」とか「今日は〜はよくできましたか」などと、班長がお決まりの質問をして、班員たちがいい加減に「は〜い」などと答えて終わりになってしまいます。結局は、班員が掃除の最後まできちんと掃除場所にいたかどうかを職員が確認するためのミーティングなのです。だから、中身などどうでもいい。こういう中身のないことを毎日のようにやらせていると、どういうことになるかわかりますか?子供たちは、会議というものは形だけでいいという感覚を身につけていきますし、先生たちの価値観も中身よりは形式にあると思いこんでいく危険性があります。それでも、「反省会」は今も実施されているし、おそらくこれからも実施され続けるでしょう。
 教育界というのは、本来あるべき姿とは裏腹に、実に保守的な世界です。長い期間続いてきたものを改革するということは、大きなエネルギーを必要とすることもありますから多くの場合は倦厭されてしまいます。職員の多くが「反省会」など必要ないと思っていたとしても、実際にそれを口にして、改革しようとする先生はまずいません。職員会議などでそんな発言をすれば、「それでは次の職員会議までに代案を出して下さい」などと言われてしまうかも知れないからです。代わりの案を出すのは面倒くさいですから、面倒なことは誰も進んで引き受けようとはしません。結局は、そんな先生たちの怠け心のために、子供たちは日々意味のない「反省会」をやらされ続けなければならないのです。これが生徒指導だと思いこんでいる先生たちもいる。「けじめをしっかりつけさせることが大切です」などと理論づけをするわけですね。果たしてこれは「けじめ」なのでしょうか。けじめというのは、掃除の時間になったらしっかり掃除をするという気持ちの切り替えのことを言うのではないのでしょうか。掃除は適当にやっておいて、最後だけ「反省会」でけりをつけるというのは、けじめなどとはほど遠い行為だと思います。
 そうじの指導の仕方も学校によってまちまちです。先生たちが一緒になって汗を流すことを奨励している学校もあれば、先生たちはあくまでも掃除監督に徹するべきだという方針の学校もあります。果たして、どちらの方がいいのかはよくわかりませんが、私自身は生徒の清掃態度を監視するという体制にはどうしてもなじめませんでした。だから、自分にできることを一緒にやっていたのです。しかし、私が自分の作業に夢中になっていれば、要領のいい生徒は手抜きをします。中には別の掃除場所まで出張してしまう生徒もいたりして、そういう状況を見た先生たちは、私がしっかり掃除の監督をしていないと非難するわけです。でも、私は先生が率先して掃除をする姿勢を見せることは、時間が長くかかるかも知れませんが、最終的には子供たちの心にしっかりと美化意識を根付かせるのではないかと信じていました。実際、「どうして先生は一緒にそうじをするの?」「先生、毎日大変だね」と声をかけてくる生徒がいたこと自体、生徒は一緒にそうじをしてくれる先生を望んでいたことを証明しているのではないでしょうか。確かに、私の目の届かないところでそうじをさぼっている生徒がいるのは知っていましたが、そういう子供を注意することより、私の姿を見て一緒にそうじに精出す生徒を一人でも多く増やすことの方が、よほど前向きな「掃除の指導」だと私は思っていました。
 私は、現実には非常に怖い教師です。大きな声で一喝すれば、班員全てを強制的に労働させることくらい簡単にできます。そういう先生を学校が求めているのは知っていましたが、私自身はそういう教師になることを望んでいなかったということです。人の心を威嚇して動かすことは、とても悲しいことです。ましてや、力関係が明らかな場合には、できるだけ教師は威嚇的になるべきではないと思うのです。もちろん、それはケースバイケースですから、生徒の人権にかかわるような悪さをしたようなときには、徹底的に強くしかります。でも、たかが掃除ぐらいのことで怒鳴っていたら、教師としての威厳はかえって失墜するだけではないでしょうか。自分が生徒だったら、一日6時間も授業を受けてくたくたになっているために、だらだらそうじをしていただけで、やたらと怒鳴られたら本当にいやになってしまうでしょう。子供たちの気持ちも少しは考えてあげなければいけないとは思いませんか。私は決して子供たちを甘やかしたいとは思っていませんが、大人でもいやだと思うことを、子供たちに強制することは決していい効果を生み出さないものだからです。一日6時間の授業をこなしてみて下さい。観点別評価が導入されて、一コマの授業での緊張感も一層増した上に、一日6時間の授業を受けるのです。放課後は部活動でくたくたになり、家に帰れば大急ぎで食事をして塾通いをします。翌朝は、朝早くから部活の朝練に参加しなければなりません。こんなハードスケジュールをこなしている子供たちに、そうじを一生懸命やらないからとむち打つような行為はとてもできません。実際、先生たちはもっともっと楽な生活をしているのですから、そんな大人たちに、頑張っている子供たちを厳しく指導する権利など、もともとないと思っています。
 そして、掃除をしっかりやる生徒は職員室で高い評価を受けることになります。でも、これはあまり公平な評価とは言えません。なぜなら子供によって、生活のスケジュールの大変さに大きな差があるからです。運動部に所属している生徒は、体の疲労もかなりたまっていることでしょう。一週間に二回程度のいい加減な活動しかしていない文化部の生徒なら、エネルギーは有り余っていて当然です。ですから、そういう様々な情報を総合して子供たちの評価をするなら公平だとは思うのですが、先生たちはそこまで細かく生徒の情報を入手していませんし、入手していてもそれを総合的に評価の材料にする能力には徹底的に劣っていますから、子供たちはある特定の場面の頑張りだけでプラス評価されたりマイナス評価されたりしがちなのです。もしかしたら、マイナス評価を覚悟の上でそうじをさぼっている子供の方が、よほど正直者かも知れませんね。そういう見方はまずしない。

《授業中のコントロールができない》
 小学校での学級崩壊・授業崩壊が問題になっています。なぜ年端もいかない子供たちが先生の指示にも従わずに、教室で好き勝手なことをしてしまうのか、小学校の先生方にもわからないそうです。本当はわかっているのに、わからない振りをしているだけかも知れませんが。
 中学校では、授業が成り立たないのは、特定の教科に限られています。つまり、指導する先生たちの足下を、子供たちがしっかりと見て行動しているということです。授業研究が十分にできていなくて、おもしろくない授業ばかりしている教師や、生徒たちが騒いでいてもちっとも指導できない教師は、生徒たちに馬鹿にされてしまうわけです。授業中騒いでしまう生徒をしかるにも、いろいろ気を遣わなければいけない時代になりました。以前なら、教科書で頭をぽかっとたたいても少しも問題にはなりませんでしたが、今では怒鳴りとばすだけで乱暴だと保護者から苦情が来る場合もあります。静かに受けるべき授業で騒いでしまう子供たちの罪はどこへ消えてしまったのでしょう。こういうのを過保護というのではないでしょうか。
 授業中に集中できずに騒いでしまう生徒がいたら、怒鳴りとばして構わないと思います。悪いことをしているのですから、しかられるのが当然です。もちろん、わざわざ大声をあげる必要はありません。その先生の個性でしかり方も変わってくるでしょう。いずれにしても、一番いけないのは悪い行為を見過ごしてしまうことです。一度でもそういう失敗をすると、次から生徒たちを自信を持ってしかることができなくなってしまいます。子供たちは、自分たちが悪いことをしたときに、きっちりとしかってくれる先生を切望しているのに、タイミングを逸してしまったり、子供たちから嫌われるのを怖がったりして、ついついその場をごまかしてしまう先生が非常に多くなりました。また、しかるにしても、しつこくいつまでもねちねちとやるのは決していい方法ではありません。また、特に女性教師がヒステリックになってしかるのも、逆効果になることが多いようです。
 ただ、そこまでしかり方に気を遣わなければいけないのかというと、実際にはそんなことはなく、その先生が本気になっていることさえ生徒たちに伝われば、それでいいのではないでしょうか。保護者からの苦情や、生徒の反抗的な態度を恐れて、生徒の機嫌をとるようなことをしたら、それこそ信頼は一気に地に落ちてしまいます。子供たちはそれほど愚かではないのです。自分たちのことを本気で考えてくれているかどうかを、教師の一挙手一投足から判断しようとしています。「先生、話わかるじゃん!」などとおだてられていい気になっていると、最後にとんでもないしっぺ返しをくらうことになるのです。
 以前、私が担任していた一年生のクラスの生徒たちが、ある先生のことをこんな風に言っていました。「あの先生さ、授業が上手ですねっておだてると、すぐその気になって機嫌が良くなるんだよね。何ていいクラスなのかしらだってさ。笑っちゃうよね」私はあきれてしまいました。そして、そんな大人がやるような卑怯な真似は二度としないように注意したものです。彼らは、先生をおだてておけばいい成績がもらえるものと本気で考えていたのです。とんでもないことです。
 大人同士でも、陰で悪口を言い合うのが日本人の常ですから、子供たちも先生のいないところではどんな悪口を言っているか知れたものではありません。そう考えれば、子供たちの反応をいちいち気にしながらご機嫌取りをすることなど全く無意味なのです。生徒がどんな反応を示そうと、自分は自分の価値基準に従って、きちんとしかるべきときはしかることが大切です。生徒の教師に対する評価は想像以上に厳しいものです。

《返事を返してくれない先生たち》
 ある学校で私が学級委員会の担当をしていたときのことでした。その当時の学校の問題点をあげてみんなで話し合おうということになったのですが、そのときあるクラスの学級委員から、挨拶をしても返事をしてくれない先生がいるという意見が出たのです。驚いたことに、その意見に賛同する学級委員の何と多かったことか。私は彼らに言いました。
「君たちの声が小さいか、あるいは何か用事があって気づかなかっただけじゃないの?」ところが、そうではないと断言するのです。本当なのでしょうか。私は、それ以来注意をして先生たちの様子を見ていたのですが、子供たちの言っていたことは本当でした。せっかく生徒が挨拶をしているのに、無愛想な顔をしたまま返事もしない先生がいるのです。これには私も驚いてしまいました。子供たちには「あいさつ運動」などと称して、朝早くから正門に立たせて「おはようございます」を連呼させているというのに、肝心の先生たちがこれではどうにもしようがありません。 私が教師になった今から二十年以上前には生徒たちが職員室に気軽に遊びに来られる雰囲気がありました。ありましたというより、先生たちが意図的にそういう温かい雰囲気を作り出していたのです。ところが、最近では生徒が職員室に入ってくるのは何か用があるときでなければなりません。別に、生徒に入ってこられて困ることなどないはずなのですが、なぜか先生たちは職員室の静寂を好むのです。みんなが出払ってしまっていて、職員室に残った先生がほとんどいない場合などは仕方ないと思うのですが、自分が事務仕事に集中したいからという理由で、生徒たちを職員室から閉め出すのはどういうものなのでしょうか。
 ひどい場合になると、せっかく用事があって職員室のドアをノックしても、生徒を室内に招き入れずに、自分は机に座ったまま会話をする先生がいることです。こんな無礼なことは、いくら相手が中学生であっても決して許されてはいけないことだと思います。自分の席を立っていっても、ドアをはさんで室内と廊下とで会話をする馬鹿な教師もいます。なぜ自分から一歩外へ出てあげないのでしょうか。そんな応対をされた生徒は、いったいどんな気持ちになるのでしょうか。冷暖房設備が施される順番は、職員室・事務室・保健室・音楽室・コンピューター室が最優先されて、子供たちの活動場所には予算が余らない限り冷暖房設備が施されることは絶対にありません。そういう状況がある中で、職員室に子供たちを入れたがらないというのは、子供たちの教師に対する不信感を煽るだけなのではないでしょうか。私が生徒なら、まず確実に反抗的な態度をとるでしょう。
 校内暴力の嵐が荒れ狂っていた時代には、教師は初心に戻って謙虚に生徒に接することを心がけたものです。ところが、その嵐が過ぎ去ってしまうと、当時の苦しかった状況はすっかり忘れてしまって、先生たちは突然威張りだしたのです。今でもつっぱり君たちは少数ながら存在しますが、そういう生徒たちに強い姿勢で接することができるのは、普段から一生懸命に面倒を見ている自信がある先生たちだけで、その他の先生たちはそういう「怖い生徒」には実に卑屈な態度をとるものです。喧嘩になって殴られるのが怖いのでしょうね。子供たちは、そんなに簡単に教師を殴るものではないのですが、そういう臆病な先生たちは、基本的には普段の自分が学校教育に熱意をなくしていることを知っているからなのか、とにかくぶるぶる震えてしまいます。実に不公平です。絶対に逆らう心配がない弱い生徒たちには高飛車な態度で接するくせに、苦手な生徒にはごまをするのです。これでは、「長いものには巻かれろ」という教育を積極的に推進していることになるではありませんか。もちろん、子供たちにはやたらと反抗的にならずに、上手に社会を生き抜いていって欲しいとは思いますが、中学生の頃からそんな処世術を身につける必要は全くありません。
 学校の先生ならば、弱い立場の生徒が職員室に顔を出したら、ここぞとばかり一生懸命会話をする努力をしてあげるべきなのです。そういう生徒は、自分の存在感に自信がありませんから、先生たちから声をかけてもらえるだけでどんなに嬉しいことでしょう。下を向きながら遠慮がちに下校しようとしている生徒を見かけたら、元気のいい大きな声であいさつをしてあげればいいではありませんか。「もう帰るの?気をつけるんだよ。また明日元気で登校しておいで。さようなら!」ぐらいのせりふを言ったって、別に何を損するわけでもないではありませんか。子供たちは、そんな先生たちのひと言を決して忘れずに覚えてくれているものなのです。今の先生たちにはそういう心の優しさが決定的に欠落しています。所詮は、受験競争を勝ち抜いてきた優秀な人間たちの集団なのです。だから、弱い立場の生徒たちの気持ちは、心の底から理解することができない。きっと、自分は中学生の頃、先生たちからちやほやされる存在だったのでしょうね。なぜなら、自分自身がみじめな経験をしたことがある先生なら、絶対に弱い立場の子供たちを無視することなどないからです。
 道徳の時間などには、他人に対して優しい心遣いをすることが大切だなどと、いかにもいい人ぶった演説をしておきながら、いざ現実の世界に戻ると自分は冷血動物と化すわけですから、そういう先生たちはまさに偽善者と呼ばれるべきでしょう。私は、言動の完全に一致しない先生たちを何人も見てきましたが、本人たちは自分の矛盾に全く気づいていないようでした。それどころか、自分は非常にいい教師だと勝手に思いこんでいる。とんだ勘違いもいいところです。

《校内暴力全盛期の恥ずかしいお話》
 他人のことばかり言っているのは不公平ですね。ここでは私の恥ずかしい話を、正直にお話ししたいと思います。
 私は、教員4年目で職場結婚をして、次の学校へと転勤をしましたが、最初の学校が学園のような平和な学校であったのに対して、新しく異動した学校は市内でも有数の恐ろしい学校でした。私はいきなり3年生の担任になったのですが、教室に行くと生徒たちが色とりどりの靴下をはいていたので、思わず言ってしまったのです。
「どうしてみんなは好き勝手な色の靴下をはいているんだ?」
「おめえは、新しく来たばっかしなんだからよ、この学校のしきたりに従ってればいいんだよ」
 私はびっくりしてしまいました。やくざさながらのせりふが返ってきたのです。これが私にとっては長い長い悲劇の始まりだったのです。昼食の時間には私は店屋もんを注文してクラスに行きました。私の好物はカレーうどんだったのですが、私がラップをとってうどんを食べ始めると、数人のやんちゃな男子生徒がストローを手に集まってきて、いきなりカレーうどんの汁を吸い始めるのです。まさか食べ物ぐらいで怒鳴りつけるわけにもいかずに対処に困っていた私を、クラスの他の生徒たちはどんなに情けない思いで見ていたことでしょうか。何事も初めが肝心だと言いますが、この最初のカレーうどん事件を上手に処理できなかった私は、やんちゃ軍団との力関係がその場で決定してしまったことにまだ気づきませんでした。
 彼らは本当に好き放題な悪さをしでかしてくれました。中でも一番参ったのは、やたらと教室の床につばを吐くことでした。何度注意しても、私のことは馬鹿にしてかかっていますから、ちっとも言うことを聞いてはくれません。強い態度に出れば、彼らの親分格の一軍のツッパリ軍団が駆けつけてきて、私をボコにすることは明らかでしたから、意気地のない私は、毎日ストレスがたまる一方でした。そして、やがて私には「登校拒否」ならぬ「通勤拒否」の兆候が出始めたのです。朝起きると、胃の調子が思わしくなくて、学校へ行きたくないのです。完全に気持ちの問題であることはわかっていましたが、私は夏休み前には一週間も休暇をとる情けない有様に陥ってしまいました。進路を控えた大切な三年生のクラスを担任していた私ですから、保護者の皆さんはどれほど不安に感じていたことか知れません。
 何とか夏休みを迎えた私の自宅に、校長先生がやってきてくれました。
「君は、先生を続ける気があるのかね?」
「はい、あります」
正確には、そう答えるしかなかったのです。しかし、校長先生はそれなら私が懇談会を開いて、新学期からは担任は元気に復活するから心配いらないと断言してこようと言ってくれました。校長は、本当にそうしてくれたのです。懇談会の内容は私には伝えられませんでしたが、校長は必死に私のことをかばってくれたに違いありませんでした。
 私は、新学期からは開き直った気持ちで学校に通いました。もうプライドも何もありません。とにかく、三年生の担任としての責任だけは全うしたかったのです。それが、心優しい校長先生に対するせめてもの恩返しだと思いました。ちょうど、そのころ、生徒指導担当をしていたある先生が私にこんなことを言ったのです。
「石山さんは、生徒と遊んでる?」
「いやあ、そんな心の余裕はないですね」
「そうか。僕は思うんだけど、一緒に遊んでやる時間が足りないんじゃないかなあ」
「はあ…」
 私はその先生のアドバイス通りに、打ちのクラスのやんちゃ坊主たちを、東神奈川のスケートリンクまで遊びに連れて行きました。それは、思ったほど楽な旅ではなく、途中で寄ったファーストフードのお店からは灰皿を盗んできてしまうし、車の窓から乗り出して箱乗りはするし、スケート場では他校の生徒に喧嘩は売るしで、もう大変な騒ぎです。それでも、私のお粗末な取り組みは決して無駄にはならなかったのです。それは、私に少しばかり自信のようなものを与えてくれたからです。「もしかしたら、何かできるかも知れない」そんな勇気が私の中に徐々にわいてくるのを感じました。
 ある日、私はクラスの生徒たちに呼びかけました。「明日の日曜日、もし暇な人がいたら、教室の床をきれいに磨きたいから手伝って欲しいんだけど」何人集まるかわかりませんでしたが、私は洗剤とたわしとワックスを用意して日曜日の教室に向かいました。すると、予想した以上の生徒が集まってくれたのです。私たちはみんなで協力して床をぴかぴかに磨き上げて、きれいにワックスをかけなおしてしまいました。それはそれは立派な仕上がりです。翌日、私はクラスのやんちゃ軍団に宣言しました。「きのう、みんなでこんなにきれいに床を磨き上げたんだ。これでもつばが吐けるならはいてみな」彼らはもちろん素直な反応は示しませんでしたが、不思議なことに二度と教室の床につばを吐くことはありませんでした。私は、クラスの雰囲気が少しずつ変わっていくのを感じました。
 もちろん、それから急に平穏な日々が取り戻された訳ではありませんが、私は何とか無事に卒業式までたどり着くことができたのです。卒業式の最後に、生徒たちの先頭に立って体育館から退場しようとしていたとき、体育館の出口で校長先生がにこにこ笑って私に握手を求めてくれました。私の目からは大粒の涙が次から次へとこぼれ落ちたことは言うまでもありません。「この学校で十年間奉公しよう」私が決心した瞬間でした。
 そのクラスは、卒業後の春休みにバスをチャーターして、伊豆半島の城ヶ崎まで遠足にも出かけましたが、例のやんちゃ坊主たちは休憩所でたばこを吸ったりして、相変わらず私を困らせてくれました。それでも、バスが城ヶ崎について昼食用に準備しておいて道具を持ち運ぶ段になると、彼らは率先して荷物を運んでくれたのです。私はどんなに嬉しかったことか知れません。ただ、バーベキュー場所に行ってからも、彼らは岩陰に行ってはたばこをふかしておりました。私は、彼らのところへ行って、不埒にも一緒にたばこを吸ったのです。どういう心境だったのでしょうか。少なくとも、彼らにこびを売る必要は全くなかったので、そういう気持ちではなかったことは確かですが、決して褒められたことではありませんね。ただ、私は彼らに一つだけ約束事をしてもらったのです。どうか、バスの中でだけはたばこを吸わないようにと。彼らは律儀にその約束を守ってくれました。 新しい学校での一年間は、私にとっては屈辱の連続で、自分の教師としての力なさをいやというほど思い知らされた日々でした。しかし、苦労の連続だったそのクラスのことを私は一生忘れないと思います。
 翌年からは、学校は一気に強気に出て、管理主義体制を敷きました。教師の胸ぐらをつかんだだけで対教師暴力とみなし、警察に被害届を出す作戦に出たのです。私たち職員はどれほど惨めな思いを我慢したことか。ところが、ある大手新聞は私たちの取り組みを全国紙の社会面で徹底的に弾劾しました。確かにマスコミにとってはおもしろいネタだったかも知れませんが、私たちがどんな思いでそんな管理主義をしいていたか、新聞記者は少しも取材してはくれませんでした。きちんとした制服を着ていないという、ただそれだけの理由で正門から生徒を閉め出すことが、私たちにとってどれだけ苦痛だったか、学校外の人間たちには絶対にわからないと思います。 私は男ですし、毎朝重量挙げをやって体を鍛えていましたから、生徒と殴り合いの喧嘩になっても絶対に負けない自信はありましたが、全ての先生がそんな腕力を持っているわけではないのです。ですから、そういう弱い立場の先生たちを守るためにも、生徒のちょっとした乱暴も決して見逃さないという体制を樹立する必要がありました。現に、女性教師がトイレに閉じこめられて、暴行を受ける寸前の恐怖を味わうという事件も起きていました。このような無法状態に秩序を回復するためには、何らかのショック療法が必要だったのです。しかし、私は今でもあれが正しい方法だったのかどうかわかりません。現実の問題として、それ以後学校には確実に秩序が取り戻されたのですが、それはあくまでも力による秩序の奪回であって、私たち教師がとるべき手段であったのかどうかは、誰にも判断できないことだと思います。私たちを非難するのは簡単ですが、実際にあの場にいたら誰もが決断に迷っていたことでしょう。
 私たちから締め出しを食った生徒たちは、卒業式にだけはきちんとした制服で出席し、式後に担任を呼び出して、それまでかけてきた迷惑を詫びてきました。本当に悲しい瞬間でした。私たちは最後まで彼らのわがままを許そうとはしなかった。それに対して、彼らがおれた形になったのです。よく考えてみれば、結局私たち教師が最後まで自分たちのわがままを通したことになります。私は、私たちが完全に負けたのだと思いました。彼らはプライドを捨てて私たちに謝罪に来たのですから、彼らの方がよほど大人だったと言えなくもないからです。
 それでも、苦しい時代の私たちは、できる限りのことをしました。ものが壊されれば、すぐに工具を持って駆けつけて、職員で修理してしまうのです。電動ドリルでスチール机の足に穴を開け、ボルトで留める作業は何十回やったか覚えていないほどです。壁にいたずら描きをされれば、職員総出ですぐにペンキを塗り替えてしまいました。ですから、学校内は常に正常な状態を保っているように見えたと思います。私たちのそういう思いは確実に一般生徒たちに伝わり、学校は見事に立ち直ることができました。
 夜遅くに私が家庭訪問から帰ってくると、誰もいないはずの職員室にこうこうと電気がついていたこともありました。同僚が、待っていてくれたのです。「ちょうど仕事があったらさ」などと言ってくれましたが、毎日疲れ切った生活を送っていた私たちですから、少しでも早く家路につきたいと思うのが当たり前です。それなのに、一人は小田原から通っているにもかかわらず、平気な顔で私を待っていてくれたのです。そんな職員同士のチームワークは、自然と生徒に伝わるもので、学校はみるみるうちにプラスの活気を取り戻していきました。何の理論もない行き当たりばったりの私たちでしたが、子供たちはそんな私たちの必死な姿に何かを感じてくれたのでしょう。あれからもう十五年以上が過ぎ、あの頃の元気の良かった同僚たちはすっかり年をとってしまいましたが、頑張っていた仲間たちの絆は今も消えることはありません。 残念ながら、平和な時代を迎えた学校は、あの頃のような職員集団の迫力を生み出すことはなくなってしまいました。平和な時代を迎えたのですから、残念だなどと言ってはいけないのでしょうが、私は何かとても大切なものを失ってしまったような気がしています。今ではものが壊れても、すぐに施設業務員のおじさんに修理をお願いする先生がほとんどです。「みんなどうしてしまったの?」私はいつも心の中で同僚たちに呼びかけていました。ゴミ箱の中には、燃えるゴミに混じってボールペンが捨てられていたり、壁のいたずら描きはいつまでもそのままになっていたり、平和な時代を迎えて、皮肉にも学校は教育力を完全に失ってしまったのかも知れません。 まだまだ恥ずかしい失敗はいくらでもあるのですが、とても印象に残るエピソードもあります。学校が荒れているときには、私たちは空き時間がとても苦痛です。なぜなら、空き時間には校内のパトロールをしなければならないからなのです。授業をしていれば無事に50分間が過ぎるのに、パトロールをしていたら、授業離脱をしている生徒たちとの対応に苦慮するのが明らかだったからです。そんな時代には、授業の帰りに必ずトイレを覗いてくることも大切なことでした。休み時間のトイレはまず確実に生徒たちの喫煙ルームと化していたからです。特に女子トイレがひどい状況でした。私は休み時間の旅に女子トイレにずかずかと入り込んでは、たまっているツッパリ姉ちゃんたちの喫煙を注意しなければならなかったのですが、目の前で紫煙があがっていても、「たばこなんか吸ってねえよ。しつけえなあ、もう向こう行けよ」と悪態をついて、さっとたばこを便器に捨てて流してしまうのです。「ほら、吸ってねえべ」もう胃の痛くなるような思いでした。完全になめられ切っているのです。もう教師としてのプライドなどずたずたでした。ところが、卒業式の日、そのグループの一人だった私のクラスの生徒が私に手紙をくれました。その手紙を読んで、私は目頭が熱くなったのを覚えています。「先生、いつもいつもトイレに注意しにきてくれてありがとう。私たちはいろんなこと言って先生を困らせたけど、先生の足音が近づくのをいつも楽しみに待っていました。本当に迷惑かけてごめんなさい」教師のプライドなどにこだわらずにいて本当に良かったとつくづく思いました。そして、そのとき、教師の仕事は目の前ですぐに効果が現れることを期待する必要がないのだという、生徒指導の基本的な事柄を身をもって知ることができたのです。
 卒業式後の夜の宴会で、得意そうに管理主義の勝利宣言をする生徒指導担当の教師をそばに呼び寄せた学校長は、酔っぱらって真っ赤になった顔で彼に言いました。「おい、こんなことで生徒指導をしてるなんて思ったら大間違いだぞ。勘違いするなよ」と、ドスのきいた声で説教したのです。私は気分爽快でした。そして、私たち職員以上に学校長の胸の内は苦しかったのだということも知ったのです。私は、そんな立派な校長先生のもとで働くことができた自分をとても幸せに感じました。今の時代には望めない校長先生です。
 私たち教師は非常にプライドの高い人種です。ですから、生徒になめられた言動をされるとついついかっとして、そこで生徒とのトラブルが発生してしまうのです。しかし、相手の生徒にもプライドがあることはついつい忘れがちです。人間はプライドの張り合いになったときには、お互いの意志とは全く違った方向に事態が進展する危険性を含んでいます。ベテラン教師になればそのへんのさじ加減がよくわかるのですが、若さは罪ですね。

《方針の定まらない部活動》
 小学生が卒業前の一月に生徒会の主催で実施される「学校訪問」に参加する学校が多いと思いますが、彼らの興味の中心は学校生活の様子の中でも、とりわけ部活動に集中しています。小学校にはない中学校独特の組織なだけに、先輩たちからの口コミの情報も手伝って、興味津々なのです。中学校訪問の日だけは、放課後の会議もなくして、部活動の顧問たちは部活に顔を出して、見学に来た小学生に実際に体験をさせてあげることもありますし、小学生からのいろいろな質問に答えることもあります。部員確保に苦労する現在の部活動の顧問にとって、この日は大変貴重な宣伝の日でもあるわけです。普段怒鳴りまくっている鬼顧問も、この日ばかりは決して笑顔を絶やすことがありませんから、現役の選手たちはさぞかし気味悪がっていたことでしょう。
 しかし、その部活動も、部員確保だけでなく、現在では顧問確保にさえ困る状況に陥っています。特に運動部の顧問を引き受けたりすれば、練習試合や公式戦でゴールデンウィークを初めとする祝祭日は、まず確実に奪われてしまうからです。顧問をすることで特別な給与が支給されるなら話はまた別になるのでしょうが、祝祭日の部活動に参加することでもらえるのは、日給一、二〇〇円だけなのです。これでは昼食代にしかなりません。つまり実質上は全くの奉仕活動なのです。顧問をしていてもしていなくても、もらえる月給には何の差もないわけですから、誰が進んで顧問など引き受けるでしょう。しかも、最近の保護者は自分たちの都合ばかりを優先して顧問に文句の言い放題ですから、せっかくボランティアでやっている顧問生活なのに文句を言われるのでは割にありません。これで、部活動の顧問を引き受けたがらない学校の教師を一方的に批判するとしたら、それは大きな間違いだということがわかってもらえるのではないでしょうか。
 しかし、学校の教師というのは基本的には「公僕」であって、サービス精神旺盛でなければなりませんから、たとえ無報酬であっても本来は部活動の顧問を積極的に引き受けるべきでしょう。だいたい、普段の月給自体、社会的な基準からすれば「もらいすぎ」なのですからね。
 そんな事情もあって、部活動の顧問を引き受ける顧問の先生たちの気持ちには天と地ほどの差が生じます。いやいややっている先生は、当然お休みが多くなりますし、部活の中で起きている問題に対しても、本気で取り組むことはまずないでしょう。部活動の経営方針などはあってなきがごとしです。ある学校の吹奏楽部では、顧問がほとんど生徒の活動を放任していたために、部活中にトイレで喫煙をするという事件も起きてしまいました。これは喫煙をした部員だけを責めることができない深刻な問題です。しかし、職員室の誰も、もちろん管理職も顧問の先生の責任を追及することはできませんでした。なぜなら、他に顧問の引き受け手がいないから、仕方なくその先生が引き受けたという事情があったからです。私は、それでも顧問は責任を問われるべきだと思いますけれどね。どんな事情があったとしても、いったん仕事を引き受けたら責任を持つのは社会人として当たり前のことだからです。でも、学校の先生たちはそういう常識が身に付いていません。
 私が一番長く顧問を務めたのは女子のソフトボール部です。他にもいくつかの運動部を経験しましたが、私にはこのソフトボールという競技が一番性にあっていたようです。転勤して新しいチームを引き受けても、三ヶ月もあれば湘南ブロックの三位以内に入賞できるチームに変貌させることができました。顧問としてはもうベテランの域です。しかし、私が一番力を入れていたのは決して技術指導ではありません。技術の指導力でチームが強くなるのだとしたら、私たちスポーツの素人が顧問をしているよりも、地域の専門家が顧問を引き受けた方がよほどいい結果を出せることでしょう。ところが、実際にはそうではない。部活動の経営には、技術指導を超えた何か別のものが必要なのです。
 私が常に部員たちに言い聞かせていたことは次のようなことでした。

一、自分は運動神経が悪いなどと決めつ けてはいけない。人間の能力は無限で 努力をすればどんなことも可能になる。
一、自分たちはこんなに頑張っているの になどと考えてはいけない。いいチー ムになろうとしたら頑張るのは当たり 前で、大切なのは他のチームよりどの くらい多く努力したかという事実だ。
一、自分がソフトボールをできる陰には 様々な立場の大人たちの配慮があるこ とを絶対に忘れてはいけない。お弁当 を作ってくれる家の人や、グランドの 設備を整備してくれる施設業務のおじ さんや、部活動の用具を買ってくれる 事務室の方たちに感謝する気持ちを忘 れてはいけない。
一、常に大きな声であいさつをすること を忘れない。学校で見かける大人の人 は全て先生だと思って、練習の手を止 めて必ず全員で大きな声であいさつを するように心がけること。 
一、ソフトボールに関係のない部活内の 人間関係のトラブルは絶対に許さない。 もしそのような事実が顧問に知れたら、 練習は一切させないからそのつもりで いること。
一、先輩は絶対に空威張りをしてはいけ ない。一年生が一番早く部活に出てく るような状況を作ってはいけない。常 に上級生が身をもって模範を示すこと。 グラウンド整備などは上級生が積極的 にすること。何か差し入れがあったと きには、一年生から順番に配ること。 三年生は何事も一番最後でいい。
一、顧問は部員の一生懸命さを完全に信 じているから、遅刻をしても絶対に文 句は言わない。朝寝坊をしても、きち んと朝ご飯を食べてから遅れて来れば よい。塾やお稽古ごとでの早退も全て 許可する。ただし、練習が不足した分 は、翌朝みんなより早く出てきて補う などの努力を忘れてはいけない。特別 練習は必ず顧問に申し出ること。顧問 は喜んでつきあう。
一、部活動は礼に始まり礼に終わるもの である。練習試合に他校へ行ったとき には、自分たちの練習を始める前に、 その学校のグラウンド準備を必ず手伝 うこと。そして帰りには、グラウンド 整備を必ず手伝うこと。自分のことは 常に一番最後に回す。また、顧問の先 生や保護者の目の前を黙って横切って はいけない。必ず「失礼します」と声 をかけてから通過すること。そのほか、 部活中の言葉遣いには細心の注意を払 うこと。
 
 何て時代遅れな経営方針なのかと驚かれる方もいるかも知れません。実際、子供たちは褒めて育てろという考え方が主流の時代にあっても、私は決して子供たちを簡単にほめることなどありませんでした。一生懸命頑張ることが美徳のように言われていますが、自分の好きなことに一生懸命頑張るのは当たり前ではありませんか。ですから、そんなことで部員をほめることは絶対にありませんでした。雨が降ればたいていの運動部は軽い室内練習をして活動を終わりにしますが、私の部は雨をしのいで練習できる校外の場所を探して、そこまで荷物を運んで練習をしました。雪でグラウンドが使えないときには、海岸まで異動したこともあります。とにかく、勝つためには他のチームが絶対にやらないような努力をしなければならないということを、部員たちに徹底的に仕込みました。そんな具合でしたから、私は神奈川県ソフトボール鬼顧問ベスト5にはランク入りしていたはずです。でも、実際には私は部員たちを心から大切に思っていました。だから、遅刻をしてもおこらないし、具合が悪いときには家に帰しました。ペットのハムスターが死んでしまったと言って涙を流している部員には、特別休暇を与えて「ちゃんとお葬式をしてきなさい」と家に帰したこともありました。夏休みの練習には必ず前夜に作っておいたレモンとキーウィーフルーツの蜂蜜漬けを持って行きました。ですから、顧問の出費も莫大です。それでも、彼女たちの頑張りを思えば安いものだと思えました。
 こういう指導を徹底したおかげで、どんなに運動神経の鈍い子でも、立派な選手に育っていきましたし、たとえ九人しかいないチームでも必ず県のベスト8レベルを維持することができました。私の指導はとても厳しいものだったと思いますが、子供たちはその分いい思いもたくさん味わえたことと思います。そして、彼女たちとの思い出は、私の心から消えることは決してないでしょう。卒業した部員たちは今でも我が家を訪ねてくれます。部活の現役中は鬼顧問に思えた私が、実際には部員たちにどれほど惚れ込んでいたか、引退するとよくわかるのでしょう。
 私は、そんな彼女たちのために、「ソフトボールの娘たち」という本を文芸社にお願いして出版してもらいました。それは、私にソフトボール部の顧問をさせてくれた多くの人々への感謝の気持ちでもありましたが、現代っ子は根性がないなどと悪口を言われるこの時代に、そういう子供たちばかりではないのだという大きな「反論」でもあったのです。もちろん彼女たちへの賛美でもありました。 話は遠回りになりましたが、結局最近の部活動では、しっかりしたしつけがなされているケースは非常に少ないのです。先生自身が部活動にいい加減な気持ちで臨んでいるわけですから、子供たちに高い要求をするわけにもいきません。しかし、中には自分の事は棚に上げて、やたらと子供たちに厳しい要求を突きつける先生もいます。もちろん、部員たちからはブーイングの嵐の状態になるわけですが。そういう先生は、子供たちを否定的に捉えることしかしません。また、自分は自分の都合に合わせて部活動の予定を立てているくせに、子供たちの予定は完全に無視するのです。顧問の先生が、自分の予定を二の次にして部活動を大切にしていれば、子供たちも自然と部活動を大切に考えるようになるのですが、そういう後ろ姿の教育ができない先生が実に多くなりました。そして、顧問の先生にあからさまに反抗的な態度をとると、最悪のケースでは退部にされてしまうこともあり得ます。私は、現実にそういう生徒を見てきましたが、公平に見ても顧問の先生の方が悪いと思いました。それでも、その生徒は部活を途中でやめさせられた問題生徒だという烙印を押されて卒業していかなければなりません。何というむごいことでしょうか。私はあまりの非常識さに口を挟もうと思いましたが、それは返って火に油を注ぐ結果になりそうだったので、ぐっと思いとどまりました。そういう自分勝手な女の先生には決して文句を言ってはいけません。ヒステリックになって、何をするかわからないからです。恨まれた生徒は、どんな意地悪をされるか知れません。まさか学校の先生がそんなことをするはずないだろうと思われる方もいるかも知れませんが、二十年以上も教師生活をしてきた私が言うのですから、間違いなく真実です。
 私は、というより、私たちの世代は、「使った部屋は、使う前よりきれいにして返そうね」というのが決まり文句になっていました。ですから、部員たちにもその通りの指導をしてきたのですが、最近の先生方は使った後は散らかし放題で活動を終えさせてしまいます。そして、その翌日に他の先生から文句を言われると、すぐに生徒のせいにするのです。問題なのは、子供たちに後かたづけを任せっきりで、最後の確認に行かなかった顧問としての自分の態度にあるのだということに気づきません。そういう先生には何を言っても無駄です。三つ子の魂百までと言うではありませんか。これでは、子供たちの美化意識も育つわけはありませんね。
 また、部員たちが顧問の先生と平気でため口で会話をしているのをよく見かけるようになりました。私なら、最初のひと言で怒鳴りとばしているところですが、そういう先生たちは、子供の無礼が少しも気にならないのでしょうか。私は、決して「顧問をやってやっている」などという横柄な気持ちになったことはありませんが、それでもお世話になっている顧問の先生をなめたような口をきかせるわけにはいきません。なぜなら、それが当たり前だと思って卒業してしまったら、後で恥をかくのはその子自身だからです。少なくとも顧問として関わったからには、そこまで責任を持ちたいではありませんか。
 ある事務主事の先生がこぼしていたことがあります。それは、限られた予算で購入した部活動の用具が、グラウンドに平気で放りっぱなしになっていることが多いという嘆きでした。用具を大切にすることを指導すべき部活動で、そのようなことが起きるということは、つまりは顧問の先生自身にものを大切にしようと言う感覚がないことを物語っているのです。キューバの子供たちは牛乳パックを折りたたんでグローブ代わりに使っていると聞きました。そういう話を聞けば、こんなに物があふれた日本で、どうして自分たちの置かれた恵まれた環境に感謝する気持ちを教えないのでしょうか。こんなことでは、国際人としての常識も持たないまま大人になってしまいます。そして、有り余ったお金を使って海外旅行をし、その旅行先でとんでもない顰蹙を買って帰ってくることになるのです。その結果、全ての日本人が常識はずれの成金だという評判を固定させることになります。
 私は部員たちには非常に厳しい顧問として通っていましたが、決して健康面で無理を強いることだけはしませんでした。夏休みの練習などは、続けて50分以上の練習をさせることもありません。まだ未熟な頃の私は平気でそんなこともさせていましたが、夏の練習で水も飲ませない顧問は今ではもういないでしょう。しかし、人間の常で、自分にあまり人ほど他人には厳しいのです。自分は冷房のきいた職員室で涼んでいて、外で汗をだらだらかきながら練習に励んでいる生徒たちを平気で怒鳴りつける先生がたまにいますが、私はそういう顧問はその場で殴り倒してやりたくなります。子供たちは大切にしないといけません。私は、それについてはとても苦い経験をいくつかしてきました。試合で負けたことを理由に校舎の外周を何周も走らせて、数人の部員が過呼吸になってしまったり、若い頃の私は本当に冷や冷やさせられることの連続でした。そのころの部員たちには、本当に申し訳ないことをしたと思っています。私が彼女たちのためなら何でもしようと覚悟を決めていたのは事実ですが、それでも子供たちの健康面はしっかりと管理できる顧問でなければなりません。大切な子供たちを親から預かっているのですから。それでも、中には肝いりの部員もいて、熱があることを私に隠して練習試合に参加した生徒もおりました。具合が悪いことを正直に言ったら試合に使ってもらえないと思ったのだそうです。彼女は部長でしたからそれだけ強い責任感を持っていたのですね。私は彼女をしかりました。お願いだから先生をクビにはしないでくれと。子供たちは想像以上に大人なのです。

《厳しさと寛容さの兼ね合い》
 絶対評価やそれに伴う観点別評価が導入されたことで、子供たちは宿題や提出物の洪水の中に追いやられています。そして、数々の課題をこなしきれずに、ついつい提出期限を守れずに先生たちの顰蹙を買うケースも増えました。学校の先生は、提出物の期限にやたらとうるさいのです。放課後家に鳥に帰させられる子供たちも少なくありません。確かに期限通りに物を提出するのは大切なことですが、人間はいつもいつも完璧でいることなどできないわけですから、たまには子供たちのミスを許す寛大さも必要ではないでしょうか。実際、学校という世界で一番提出物の期限が守れないのは先生たち自身なのですから。
 子供たちだけでなく、文科省の教育改革の嵐の中で、先生たちも多忙な生活を送らなければならなくなりました。中でも、評価方法の大転換は、小テストと採点の繰り返しを先生たちに要求します。定期テストの作成や採点だけでもかなりの作業ですが、その上に総合学習の評価を文章表記で行い、さらに日々の小テストを工夫し、その評価に負われる有様です。ですから、いろいろな事務書類を配られても、それが机の上の書類の山の中に埋もれてしまう先生が出てきても不思議ではありません。行事の後には必ず職員向けのアンケート用紙が配られますが、その提出率の悪さは一向に改善されずにいます。私も決してきめ細かな性格ではありませんでしたから、提出期限を守るための唯一の工夫は、配られた書類はその都度どんどん処理していくことしかありませんでした。ですから、私は誰よりも早く事務処理が終わり、通知票なども余裕で仕上げていましたが、決して生徒には提出期限の厳守は要求しませんでした。子供たちもビジネスマンさながらの忙しい生活を送っているのです。
 ところが不思議なことに、教師が寛大さを示せば示すほど、子供たちは一生懸命に提出物を出そうと努力します。それがなぜなのかは心理学者の分析に任せたいと思いますが、おそらくは強制された仕事よりも、自由意志に任された仕事の方に人間はより積極的に取り組むようにできているのでしょう。私の大学時代の先輩は、「自分に厳しく他人には寛大に」を信念にしていましたが、学校の先生たちもそういう方針で子供たちに接する方がプラスの効果を生み出すことができるのではないでしょうか。
 どのクラスの学級日誌をつけていますが、日直に学級日誌の提出を口うるさく注意する担任のクラスほど、日誌の内容は形式的で中身のないものになりがちです。しかも、そういう担任に限って、担任のコメント欄にはろくな言葉を書かないのです。生徒も形式的なら担任も形式的です。どちらが先なのかは、「鶏と卵」の理屈で、結論をつけがたいのですが、少なくとも先生がていねいなコメントを書くことをねばり強く続けると、学級日誌には徐々に魂がこもるようになるものなのです。そうすれば、担任が怖い顔をして朝から怒鳴り声をあげる必要もなくなります。お互いに気持ちよく一日のスタートが切れるというものです。
 クラスの棚が乱雑なケースでも、掃除の時間に担任が黙って整理を続けていると、いつの間にかそれを手伝う生徒が現れます。そして、そのうちに担任が何もしなくても、棚はきれいに整頓された状態に保たれるようになるのです。教室の中の鉢植えが枯れてしまうと、栽培係が責められたりしますが、枯れるまで気づかなかった責任は担任にもあるということを忘れてはいないでしょうか。そういう場合は、「先生も気づかなくて悪かったね」とひとこと言うだけで、次からは栽培係もきちんと水やりを怠らないようになるものです。 いずれにしても、放課後の教室を帰宅する前にもう一度点検に行くことは、担任にとってとても大切な一日の締めくくりの仕事なのではないでしょうか。誰もいない教室というのもなかなかいいもので、落ち着いて教室内を見渡すと、クラスの子供たちの心の状態が見えてきたりするのです。そうすれば、土の乾ききった鉢植えにそっと水をやっておく余裕も出てきます。でも、担任が水をあげたことはわざわざ子供たちに言う必要はありません。栽培係は、自分が水やりを忘れたのに、どうして鉢植えの土が濡れているのか不思議に思うことでしょう。そして、次からは自分がきちんとしなければいけないと思うようになるかも知れません。もちろん、それに甘えて水やりをさぼり続ける栽培係もいるかも知れませんが、それでも担任は黙って放課後の水やりを続ければいいではありませんか。
 子供たちに完璧を求めることは、角を矯めて牛を殺す結果にもなりかねません。ミスをするのが子供たちだという真理を、学校の先生たちは決して忘れてはいけないと思います。かくいう私も、そのようなミスを何度も犯してしまったことを告白しなければなりませんけれどね。
 子供たちを指導するということは、本当に難しいことです。厳しさと寛大さのさじ加減を間違うと、子供たちは逆に担任のあら探しをするようになります。「先生だって〜ができていないじゃないか」と言われるようになったら、子供たちとの信頼関係もこじれるばかりです。それこそ元も子もないではありませんか。かといって、やたらと子供たちを甘やかしすぎてもいけません。ときには厳しい姿勢を示すことも絶対に必要です。優しさが放任主義につながってしまうと、小学校で発生しているような学級崩壊の状況を招く危険性もあるのです。厳しすぎることも甘すぎることも、子供たちからすれば「自分たちのことを本気で愛してくれてはいない」というメッセージになってしまうのでしょう。学校の先生たちは、日々試行錯誤を繰り返す運命にあるのです。頑張らないといけませんね。

《行事に夢中になるあまり》
 学校の完全五日制実施に伴って、二泊三日で実施されていたキャンプは、一泊二日の宿泊研修になり、文化祭は規模縮小ないしは廃止の方向に向かい、一年生の遠足は総合学習を兼ねた調査行事になり、学校はますます子供たちにとってつまらない場所へと変化しつつあります。いや、正確に言えば、私のような人間にとってはつまらない場所へと変化しているということで、子供たちはそれなりに楽しんでいるのかも知れませんが。
 学校ではこのような行事の縮小化を「行事の精選」と呼んでいますが、行事の数が少なくなれば、その分一つ一つの行事に欠ける熱も上昇し、体育祭などは勝ち負けにこだわる担任の戦場と化しつつあります。運動が得意なこと苦手な子を平等にクラス分けしているわけではありませんから、クラス対抗の体育祭で競争すること自体無意味なことなのですが、なぜか教師も生徒も熱くなる。そんな体育祭も種目の精選が進み、今では単純な短距離走などはすっかり影を潜めました。そうすると、競争の中心は学年行事になります。例えば、多くの学校で取り入れている大縄跳びなどは、クラス全員で長いロープを跳ぶわけなのですが、みんなで息を合わせて跳ぶことは楽しい反面、何回も連続しているうちに、普段運動に慣れていない生徒は息切れしてしまいます。そして、縄を回している生徒の手のひらはもう豆だらけ。私は、手を保護するために滑り止めのゴム付きの軍手をあげたのですが、これが「ずるい」ということになる。別に勝ちたくて用意したのではなく、怪我の予防に用意しただけのこと。そんなにムキになるのならどのクラスにも用意すればいいではありませんか。その縄回し役の大変さといったら、経験した人間にしかわからないものすごさです。私も挑戦したことがあるのですが、腕力では人一倍秀でた私でさえ、肩が重くて落ちそうになるのです。それでも、ムキになって練習をしているときの担任は、もっと跳べ、もっと跳べ、しっかり縄を回せ、根性だとわめき散らします。一生懸命になっているのですから、決して悪いことではないかも知れませんが、運動が苦手な子もいることを考えれば、もう少し過熱ぶりをおさえてもいいのではないでしょうか。実際、疲れてくると大縄にひっかかる生徒のメンツは固定されてきます。すると、夢中になりすぎた担任は思わずその子の名前を連呼してしまうのです。その子がどんなに惨めな思いをすると思いますか?その子だって一生懸命に跳んでいたのです。でも体力がないのですから仕方ないではありませんか。先生たちだって、運動神経のいい人たちばかりではありません。私は、子供の頃から運動は万能でしたから、四十歳を超えた現在でもほとんど全ての種目で普通の人の倍以上の能力を発揮することができます。体育の先生より私の方がよほど運動神経がいいのです。体育の先生たちは、自分の専門の種目にしか精通していませんから、意外と運動神経の鈍い人が多い。職員バレーボール大会などでも、「もういい加減にしてくれよ」というくらいへたくそな人が多いわけですが、それで私は文句を言ったことなど一回もありません。仕方ないではありませんか。運動神経も神様と親から恵んでもらったもので、自分が努力して得たものではないのですから、決して他人と比較したり自慢したりするものではないのですね。
 それなのに、体育祭の練習では子供たちに万能を期待してしまう。それだけ夢中になれる担任の先生はまだいい方なのかも知れませんが、ものには限度というものがあるでしょう。私は長年運動部の顧問をしていたので、勝ち負けは部活だけで結構という気持ちです。でも、不思議と先生たちは部活の勝ち負けにはあまりこだわらない。つまりそれは、顧問の技術指導力と部活経営能力が問われているのを知っているからなのでしょうね。話は多岐にわたってしまいましたが、以上の理由で私は体育祭なるものが大嫌いです。自分も熱くなる方なので、勝負がかかって大声を出している自分を見たくないのです。子供たちがあまりにもかわいそうではありませんか。子供たちの中にも、体育祭が大嫌いな生徒はたくさんいます。もちろん、体育祭嫌いにさせてしまっている原因の一つは担任たちの過熱ぶりでしょう。実際、私は「勝負にこだわる先生が嫌いでした」とある女生徒に言われたことがありました。本当に反省しましたね。 ところが、子供たちはよくできたもので、総合優勝しようがビリになろうが、最後に集合写真を撮ってあげるよと声をかけると、みんなでさっと集まってきて、Vサインをしたりします。Vサインは勝利のサインですからびりのクラスがこのサインをするのは矛盾しているのですが、子供たちにはそんなことはちっとも関係ないという雰囲気です。私はそんな楽天的な彼らが大好きでした。
 体育祭が終わった後には生徒にも感想文を書かせたりするのですが、一番嬉しい感想は「クラスは優勝できなかったけれど、みんなが一つになれた気がして嬉しかった」という類のものです。優勝するクラスがあるということは必ずビリになるクラスがあるということで、先生たちはビリになったクラスのフォローに必死になるべきですよね。それが、話題になるのは優勝したクラスとそのクラスの担任だけです。別に担任が走ったわけではないのですから、総合優勝したからと言って担任が得意げになるのはあまりにもばかげています。最近では女性の担任のクラスが優勝することが多いのですが、それは女の先生のクラスには手のかかる生徒を最初から配置していないという理由によるものなのに、それにはちっとも気づかない。まるで自分が素晴らしい担任だと思いこんでいるのですね。こういう人たちを「アホ」と呼ぶのです。勝っても負けてもお祭りでいいではありませんか。 それでも、私のクラスは体育祭も合唱コンクールも常にいい成績を収めてきました。だからといって私が優れていたわけではないと思っています。確かにクラスをまとめる指導力は年齢相応に長けています。でも、行事でいい成績を残すかどうかは、クラスの子供たち次第なのです。特に合唱コンクールなどはピアノ伴奏の上手な子がいるクラスが圧倒的に有利です。しかし、多くの担任はそんなことには気づかない。私は自分自身がピアノを習っていましたから、ちょっとした音の違いも耳でキャッチすることができますし、合唱に感情移入をさせる指導も得意です。それがクラスを優勝に導いた多くの要因の一つであったかも知れませんが、大切なのは子供たちが気持ちよく行事を乗り越えることができたかどうかです。そして、負けたクラスのことも賞賛できる心の広さを学べたかどうかということです。ところが、現実には行事で優勝したクラスほど、その後の学校生活が乱れがちです。自分たちは最高なのだと錯覚するからなのでしょう。たまたま優勝できるメンバーに恵まれていたのだと謙虚に考える姿勢を持てないのは、担任の気持ちがそのまま乗り移っているからです。「打ちのクラスは人一倍努力したんだから」と得意に思っている担任のクラスは、多くの場合どんどん雰囲気が崩れていきますね。
 合唱コンクールはどの学校でも一番加熱する行事ですが、審査員を務める先生たちが音楽の素人ばかりなのですから、こんなもので優勝したからと言って何を威張れと言うのでしょうか。音のずれもわからないような人たちが審査をしても、結果はでたらめです。声が大きければ優勝するようなレベルの低い大会もあります。私は、そんなに結果にムキになるのなら専門の審査員を地域から招けばいいと提案したことがありましたが、それは却下されてしまいました。まあ、みなさんも行事の結果にはさほどこだわらないことです。

《子供を信じるって?》
 学校の先生たちの中で、どんな先生が一番信用におけないかと言って、「私は子供たちを信じていますから」と公言してはばからない先生ほどうさんくさい存在はありません。などと言ったらちょっと言い過ぎかも知れませんが、「子供を信じる」と言うときには二つの意味があると思うのです。一つは「今現在子供が言っていることを信じる」という意味で、もう一つが「子供の将来の可能性を信じる」という意味です。私は後者の意味であるならば、全く異論はありませんが、多くの先生の場合は前者を意味しているようです。本当に子供たちの言い分は常に正直なのかと言えば、とんでもありません。大人だってそうですが、「嘘も方便」ということだってあるではありませんか。ましてや年端もいかない子供たちです。自分に都合の悪いことはごまかしても決して不思議ではありませんし、それでその子が将来極悪人になるということでもありませんから、そういう嘘を指摘することは少しも問題ないことだと思います。
 ところが、子供たちの言葉は常に信じることが教師の神聖なる仕事だと信じ切っている先生がよくいるのです。もちろん、たわいもないことであればわざとだまされてあげることも必要です。子供たちを無用に追いつめる必要はないからです。ただ、いわゆる問題児であるツッパリくんたちは、往々にして正直なのです。正直だから、先生たちにあからさまに反抗的な態度をとる。「私は子供を信じていますから」などと言っている先生たちに限って、こういうツッパリくんたちを嫌います。なぜなのでしょうね。彼らの反抗的な態度はあくまでも一過性のもので、彼らには茫洋たる未来が開けているのです。そして、いろいろな家庭事情があってひねくれてしまっている子供たちにも、様々な才能が秘められているわけですから、学校の先生の仕事というのは、そういう子供たちの秘められた可能性を信じることなのではないでしょうか。今現在がとんでもない言動を繰り返す生徒であったとしても、将来立派な大人に成長していく可能性を秘めているのです。そして、彼らは自分たちの将来を信じてくれる先生たちを鋭くかぎ分けます。
 悲しいことに、クラスの一般の子供たちは担任の態度に大きな影響を受けます。鈍くさい子がよくいますが、そういう子にいらいらした態度で担任が接していると、クラスの子供たちも同じようにその子の行動を非難するようになってしまうのです。いじめられている生徒を見て、「あの子にもいじめられる原因があるのよ」などと言う先生は、クラスでもその子に対して否定的な言動をとっているはずです。それをクラスの生徒たちが真似るのです。ですから、いじめの原因には先生たちの姿勢が関わっている可能性も否めません。 社会の授業で、人間は等しく幸せな生活を送る権利を平等に与えられているのだと教えていながら、先生たちの生徒に対する扱いはちっとも平等ではありません。これには苦笑させられてしまいます。私はしかるときには徹底的にしかりますから、他の先生たちは私のことを子供たちの人権を蹂躙する問題教師だと思っていたかも知れませんが、本当は私の方が子供たちの人権には敏感だったでしょう。私は弱いものいじめや、根拠もなく感情的に他人を否定することを決して許しませんでした。しかし、多くの先生は優しい笑顔の裏側に、冷徹な差別の顔を隠しているのを私は知っていました。放課後の職員室の会話を録音してみなさんにお聞かせしたいです。思いもかけない先生が、信じられない発言をしていますから。まあ、学校の先生を見たら嘘つきだと思った方がいいでしょうね。
 社会的に大きな問題になるようないじめ事件や自殺事件が報道されると、マスコミの取材の答えて学校長が必ずこんな発言をしますね。「そういう事実は担任からも報告を受けていませんし、学校としても認識していませんでした」そんなことあるわけないではありませんか。ちゃんと担任は気づいていたはずですし、問題なのはそれに対して何ら効果的な対策が取れなかったことなのです。学校長が認識していなかったというのは本当の話かも知れません。現在の管理職は、先生たちの服務管理に夢中になっていて、学級経営をしっかり見守る人は実に少ないのです。放課後の教室を散歩してみればいいと思うのですが、そんな気の利いた校長先生はまず見たことがありません。どちらかといえば、教頭先生にはそういう立派な方が多いような気がしました。でもそういう先生は、決して出世することはありませんし、そういう立派な行動を評価されることもないのです。
 そういう事情で、事件は起こるべくして起きたものでしょう。それなのに、学校は言い訳しかしない。子供の命を奪われた親の気持ちを考えたら、私が校長ならその場で辞職の意志を表明しますね。もちろん、私ならそこまでひどい状況を招くような失態はできる限り避けているとは思いますが。
 何だかんだと世間から批判されながらも、やはり学校は庶民の頼りです。それをしっかり自覚しているなら、先生たちは今のような呑気な生活を送っていてはいけません。「教育」とは「可能性を引き出す」という意味だと大学の教職教養の授業で教わりました。子供たちの現状で満足したり、あきらめたりしている先生は、もう一度初心に返って、子供たちに秘められた可能性を発掘できる一人前の先生になる努力を始めるべきでしょう。先生のひと言が子供の人生を大きく変えてしまうこともあるのです。それだからこそ、教師というのは素晴らしい仕事なわけですし、責任の思い仕事でもあるわけです。学校の教師に対する期待が大きい分、給与体系も非常に恵まれているわけです。先生たちはそのことをしっかり自覚して行動して下さい。

《整理整頓は大の苦手》
 学校の先生たちの机の上が大変な混乱状態に陥っていることは、生徒たちの間では有名なことです。かく言う私も、退職前の数年間は非常に整理の行き届いた机で仕事をすることができましたが、その前までは同じように雪崩現象がいつ起きてもおかしくない状況でした。お恥ずかしい限りです。毎日大量の書類が配れられるので、すぐにファイリングをしないと、次々に机の上に山積みになっていってしまうわけです。そんな中に、生徒が提出した大切な書類などが紛れ込んでしまったらもう大変。いざ必要なときに山の中から探し出さなければならないのです。最悪の場合には、他のいらない書類と一緒に捨ててしまっていたりして、大変ばつの悪い思いをすることもあるのです。もう平身低頭です。
 教材室や印刷室になるともう目も当てられない状況です。今は、紙資源の節約で市教委も裏紙印刷を奨励していますが、裏紙印刷用に市職の事務員さんがせっかく箱を用意してくれているのに、その中に放り込まれた裏紙印刷用のミスプリントは、サイズもばらばらで折れていたり、下手をするとすでに両面印刷をされたものまで紛れ込んでいる始末です。私は、定期的にきれいに整頓しておきましたが、そんな状態は一週間も続きませんでした。何とだらしない人たちなのでしょうか。普通のプリントはB4サイズで印刷しますが、たまにA4サイズで印刷したときなど、常識的に考えれば、もとのB4サイズの用紙をセットし直しておくのが配慮というものでしょう。それもできない。新しい用紙のパックを開ければ、余った紙はそこいら辺に適当に積み上げておくものですから、用紙が曲がってしまって印刷がうまくいきません。どうしてもとのパックに戻しておくくらいのことができないのでしょうか。私は、嫌みで「情けは他人のためならず。小さな配慮は回り回って我が元へ」という言葉を筆字で書いて、印刷室の用紙棚に貼っておきました。さすがに誰もはがす人はいませんでしたが、印刷室の乱雑ぶりが改善されることは全くありませんでした。 教材室はもうゴミため同然です。整理していらないものは廃棄処分にすればきれいな部屋を保てるのに、何でもかんでも放り込んでそのままにするものですから、もう何年も前の教材までもが大切に保管されている有様です。持ち主の先生はとっくに転勤してしまっているのですよ。信じられませんね。これが他の特別教室でも同じように起きているとなると、もう放ってはおけません。放送室もめちゃくちゃですし、視聴覚機材はどこに置かれているかさえも不明です。それでいて、年度当初には新しいCDプレーヤーを買ってくれなどと事務室に要求するのですから、事務主事の先生が腹を立てるのも当然でしょう。コンピューター室は、ほこりが大敵ですから一番整理整頓が行き届いていなければならないはずなのですが、先生機の周辺にはむき出しのCDーROMやフロッピーディスクが散乱しています。コンピューターにはいつの間にか勝手なソフトがインストールされていてもうどうにもなりません。私は、一度全部アンインストールしてやろうかという衝動にかられたこともありますが、そんなことで恨みを買うのも損なので、そのまま放っておきました。悲しいことですが、これが学校の先生たちの現状なのです。
 それでいて、子供たちには常に校内美化を呼びかけるというのは、どういう神経なのでしょう。職員室のそうじもどこかのクラスの生徒が担当しますが、先生方の机の横のゴミ箱にはお菓子の包みがそのまま捨てられていたりします。生徒は学校でアメ・ガムなどの菓子類は一切禁止されているのですから、せめて何かの紙に包んで捨てるくらいの配慮があってもいいではありませんか。それさえもできない。そして、前述したように紙ゴミ用のゴミ箱にボールペンや金具類が平気で捨てられていたりするのですから、もう何をか言わんやです。
 私がさらに驚いたのは、5台ほどあるデジタルカメラが空き机の上に放置されたまま何ヶ月も過ぎてしまうということでした。デジタル機器はとにかくほこりが大敵なのです。せっかく高い予算を出して買ってもらってもこんな扱いを受けていたら、すぐに壊れてしまうでしょう。本来ならば、視聴覚機器を保存する部屋の棚にきれいに保管されているべきものなのに、片づけるのが面倒くさいから空き机の上に放置しておく。そのうち、誰かがデジカメの上に書類を置いたりしたら、次々と山が高くなっていきます。そして、いつの日か誰かが言うのです。「ねえ、誰かデジカメがどこに行ったか知らない?」私は知っていても絶対に教えませんでした。そんな甘いことをしていたら、いつまでたっても先生たちのだらしなさが直らないからです。もっともっと困った方がいいでしょうね。

《自分を棚上げする公務員気質》
 学校の教師や警察官の不祥事が相次いで報道されていますが、公務員というのはどうして自分たちの職務を全うできないくせに、他人のミスばかりを見つけようとするのでしょう。先日こんな光景に出会いました。ちょうど茅ヶ崎警察署の前の交差点だったのですが、暴走族のバイクが信号を無視してわざとエンジンをぶんぶん吹かしているのです。明らかに警察署の職員を挑発していたわけですね。ところが、警察署には警官が必ず詰めているはずなのに、誰一人として対応に出てくる署員はおりませんでした。どうせ注意しても、また別の交差点で同じ事を繰り返すだけだとでも思っているのでしょうか。また、駐車禁止の一般道に平気で大型トラックが駐車していても、どういう裏の話し合いがあるのかは知りませんが、一度も取り締まられた場面を見たことがありません。それにもかかわらず、ほんのちょっとの悪意のない違反をしてしまった一般人には厳しく取り締まりを行うのですから、素直に反省しろと言われてもとてもできるものではありません。
 きっと学校の生徒たちも、先生たちに対して似たような気持ちを抱いているのではないでしょうか。生徒との約束を忘れてしまっても「あ、ごめんね」ですませてしまうくせに、生徒が約束を破ると絶対に許さない先生もいます。人間だから忘れることだってあるではありませんか。「こんなルーズな生活をしていたら、大人になって困るから」ともっともらしい理由をつけてしかっていますが、約束を平気で破る先生たちは、大人になっていてもちっとも困っていない。これは大きな矛盾ですね。しかも、自分が悪いイメージを抱いている生徒に対しては非常に融通の利かない厳しい態度で接するくせに、自分が気に入っている生徒には臨機応変の寛大な対応をするというのも不公平です。
 先生たちは、もう少し生徒の身になってものを考えないと、せっかくの指導も素直に受け入れてはもらえなくなってしまうのではないでしょうか。体育の授業の次に英語や数学の授業が入っていた場合、生徒たちは汗を乾かす暇もなく机に向かわなければなりませんから、授業の最初は当然落ち着きがない状態になるでしょう。それをしかる必要がどこにあると思いますか?午後の授業で居眠りをしている生徒に目くじらを立てる必要がどこにあるのでしょう。そっと肩をたたいて起こしてあげればそれでいいではありませんか。お弁当を食べた後の授業は、誰だって眠くなるのです。先生たちだって、放課後の職員会議でこっくりこっくり居眠りをしている人が何人もいるではありませんか。自分たちにできないことを、子供たちだけに要求するのはいいかげんにやめにした方がいいと思います。それは教師の威厳を損ない、せっかくの信頼関係にひびを入れる結果にしかならないからです。先生たちが、自ら厳しい目を自分に向けていれば、生徒たちもいつかはそんな先生の姿勢を見習うようになるでしょう。
 ある学校では、授業は全て制服を着て受けるように校則で決められていましたが、そういう学校でジャージのまま授業をしてしまう先生がいるのはどうしてなのでしょう。生徒総会も生徒たちは制服を着た上に、ネクタイとリボンの着用を義務づけられたりしていますが、体育館の後ろで腕組みをしながら生徒たちを監視している先生たちのうちの数名はジャージ姿なのですよ。どうして生徒はジャージで生徒総会に臨んではいけないのでしょうか。社会に出たら、それなりの場面にはそれなりの服装で出席することは自然と覚えるでしょうから、そんなことを学校で訓練する必要性はないと思います。もし、それでも生徒たちにしっかりした服装を要求するならば先生たち自身もちゃんとズボンとYシャツを着用してネクタイを締めるべきです。こういう場合に生徒と教師の違いはないはずです。

《授業研究の足りない先生たち》
 文科省が最近の教員の学力不足を嘆いていましたが、それは残念ながら本当です。生徒たちには一生懸命勉強するように要求する先生たちですが、自分たちは大学を卒業してからぱったりと勉強をやめてしまったのでしょう。そういうお前はどうなのだ?と聞かれてしまうかも知れませんが、私はどんなに忙しくても自分の英語や文化に対する勉強を怠ったことはありません。そうしないと、現代英語についていけなくなってしまうのです。実際に使われている言葉の真の姿を知らずに、黒板の上で何十年も前の知識を教えることは絶対に許されないと、私は自分自身に言い聞かせてきました。私の勉強方法はいろいろありますが、原書を読んだり英字新聞や英語雑誌を見たり、DVDの映画を有効活用したり、ケーブルテレビでアメリカのドラマを見たりといろいろです。しかし、そのおかげで特別な勉強もせずにたった一回の受験で英検一級にも合格しましたし、学校の授業を全て簡単な英語で行うこともできるようになりました。 しかし、他の教科の先生たちはどうかと言えば、アテネオリンピックのアーチェリー競技に参加して銀メダルをとった先生のように、自分の技術に磨きをかけている人はほとんどいないのが現状です。国語の先生ならば、ほんの一つも書いてみればいいと思うのですが、そのような能力はどうやら持ち合わせていないようです。数学の教師となると、もう新しい教育方法が開拓されることはないので、常に同じ授業を毎年繰り返しているといった有様です。社会の先生は、自分の専門分野以外の学習には、絶対に教材研究が必要なのですが、わかりやすいプリント教材を作っている先生たちがどれだけいるかは不明です。美術展を開いている美術の先生もいらっしゃいますが、そういう前向きな努力を続けている先生方の数はごくごくわずかでしょう。
 先生たちが一生懸命学習するお手本を示していれば、子供たちもそういう先生たちの前向きな姿勢に刺激されて、自分も頑張ろうかという気持ちになるものですが、先生たちがけだるい雰囲気で授業をしていたら、子供たちだってやる気がなくなるのは当然です。教材や教具を工夫すればずっとわかりやすくなるはずの授業も、疲れ切った中高年の先生たちにとってはただ面倒なだけでしょう。こういう人たちが子供たちに勉強を教えていて、何かいいことがあるのでしょうか。ある先輩教師が言っておりました。「教育は子供たちに全てを教え込むことではないよ。子供たちのやる気を育てることが私たちの仕事だ。だから教科書の範囲が終わったとか終わってないとかそういうことを心配するよりも、一つの単元を熱心に教えて、子供たちに勉強することの楽しさを伝えることの方がよほど大切なんだ」素晴らしい教育理論だとは思いませんか。その方はとても立派な人格者でしたが、周囲の出世組には警戒されていたようです。 退職後、私塾の個別指導を担当するようになって強く感じたのは、ここのペースにあわせた授業をすれば、子供たちの可能性は無限に伸びると言うことです。学校の授業では全く理解できなかったことも、個人授業ではあっという間に理解することができるようになってしまいます。それは小学生でも中学生でも高校生でも同じなのです。子供たちは勉強することの楽しさを少しも味わえていないような気がします。ですから、私の話を聞いている彼らの顔は、鳩が水鉄砲を食らったような新鮮な驚きに満ちているのです。個人授業ですから、例えば英語なら私は何の準備もなく授業にあたることもできますが、それでも月謝をいただいて授業をさせてもらっているので、生徒が喜びそうな資料があれば、それを何とか準備して授業に臨むようにしています。毎日の自分の英語の勉強から得た知識は、できるだけかみ砕いて彼らに伝えるように努力もしています。これからの日本の未来を背負う若者たちですから、どんなことも全て投資になるのです。将来必ずや大きな見返りのある投資です。英語の学習に興味を持って積極的に学習を始めた子が、将来の日本の英語教育を担うようになるかも知れないではありませんか。私は数学も社会も国語も算数も論文も担当していますが、全て一生懸命勉強をし直して授業に臨んでいます。こんなに楽しく勉強したのも久しぶりです。私が楽しいのですから、教わる生徒もきっと楽しいことでしょう。個人授業では、理解しにくいところがあれば徹底的に解説できますから、子供たちも十分満足ができるわけですね。今の学校でも、少人数制の授業を積極的に取り入れれば、私がやっているような授業に近い形の授業は実施可能でしょう。しかし、文科省や地方自治体が人件費との兼ね合いを考えて迷っているようなら、期待をしても仕方ないでしょう。子供は日本の財産です。その子供たちになぜ投資を渋るのか、私には疑問です。
 新しい学習指導要領が実施されてから、子供たちに読書を奨励するよう文科省も通達を出しました。ですから、どの中学校でも朝自習の時間やその他の時間を工夫して読書の時間にあてています。しかし、先生たちはそれ以外の時間を使って自ら読書にいそしむべきでしょう。よく「本を読む時間もない」などとぼやく人がいますが、たくさんの本を読む人は他人が見過ごしがちな小さな時間を実に有効に使っています。本を読む時間や勉強をする時間は自然に与えられるものではなく、自分から努力をして作るものです。そういう姿勢を教師が持っていれば、子供たちも自然に教師の前向きな努力を真似するようになるのでしょうが、学校の先生たちは教育改革の嵐の中で精根尽き果ててしまっているのでしょう。それでも何とか勉強の時間を作るかどうかは、その人の意志の強さの問題です。先生という名前に値する生活を送ることができるかどうか、それは各人の努力次第です。

《奇跡を呼ぶ子供たち》
 前作の『ソフトボールの娘たち』の中でも書かせてもらいましたが、私には忘れられないソフトボールの試合があります。そのチームは平均身長が一六三センチほどもある大型チームで、県の優勝候補筆頭にあげられていました。私がその学校に転勤した年に入ってきた一年生たちです。それまでは市内大会でも一回戦負けが続いていたその学校に、いよいよ奇跡が起きようとしていました。実際には奇跡などではなく、努力を重ねた当然の結果なのですが。
 私は、優勝候補筆頭のチームを育てることになって、もうそれこそ朝から晩まで休みなしで練習に明け暮れしました。選手たちもずいぶん苦しい思いをしたことでしょう。しかし、私がピッチャーに欲張って変化球を教えようとしたことがあだとなり、大切な三年生の夏の大会直前にエースピッチャーの一人が肩の筋肉に断裂を起こしてしまいました。仕方なく、たった一人のピッチャーで臨んだ大会だったのですが、何と市内大会の決勝戦でそのピッチャーまでもが、ピッチャーゴロを処理しようとしてジャンプした後の着地に失敗して、ふくらはぎの筋肉に断裂を負ってしまったのです。彼女はすぐに救急車で病院に運ばれ、試合の残りは肩の筋断裂が完治していないもう一人のピッチャーで乗り切りました。それでも一点差の準優勝です。選手たちの頑張りは本当に立派でしたが、問題は次の湘南ブロック大会をどうやって乗り切るかでした。県大会に駒を進めることができるのは湘南ブロックから三校だけですから、少なくとも準決勝までは進まなければなりません。できれば決勝まで行ければいいのですが、三番手の急造ピッチャーで何とか準決勝まで行った彼女たちは、いよいよ投げるピッチャーがいなくなってしまいました。仕方なく本人のたっての願いで、準決勝にはふくらはぎを筋断裂したピッチャーを登板させたのですが、彼女はバッターボックスで思いっきりバットを振った瞬間に、再び筋断裂の悪夢に襲われてしまったのです。それでも何度も勝利をつかむチャンスが訪れた準決勝でしたが、チームの打線が乱れてしまい、結果は負けでした。後は三位決定戦を残すのみです。こんなチーム状態で三位決定戦に臨むことなど到底不可能に思えました。そこで、私は選手たちを集めて緊急ミーティングを開き、これ以上二人のピッチャーに無理をさせて一生足や肩が不自由になるのは避けようという結論に達したとき、ふくらはぎの筋断裂を負ったピッチャーが特別なスポースドクターの治療を受けて返ってきたのです。彼女の腕にはもう松葉杖はなく、驚くことに彼女は全く怪我などしていないかと思えるほどの力強さで、ピッチングを披露してくれました。私は、本当に我が目を疑いました。何度も何度も疑いました。これはキネシオテープを用いたテーピング技術の生んだ奇跡だったのです。その技術はオリンピック選手などにはよく使われるそうですが、中学生に適用するには本人の強い意志が必要だということでした。それを彼女の両親が承諾したのでした。
 私たちのチームは奇跡的に蘇った彼女を支える形で、三位決定戦に臨み、死闘の末県大会の出場権を得ることができました。もうここまで来ただけでも奇跡的なのですから、私はこれ以上選手に無理を強いるのをためらったのですが、選手たちは絶対に優勝する気だったようです。傷だらけのチームは、今まで練習試合ではどうしても勝てなかったチームにも大逆転勝ちし、何とベスト4まで勝ち進んでしまいました。チームの力もそこで尽きた形になりましたが、二人のピッチャーが致命的な負傷をした状態で県大会の銅メダルを獲得したのには、顧問としての私も本当に驚くばかりでした。もうそこには私の力のかけらも入り込む余地はなかったのです。彼女たちが自分たちで演じて見せてくれた奇跡劇でした。
 そんな子供たちの姿を目の当たりにしてきた私なので、少なくとも学校という世界では不可能はないと堅く信じるようになったのも不思議ではないでしょう。それからも部活動での驚くような子供たちの変身ぶりには、何度もお目にかかりました。部活だけでなく、教科でも指導の仕方で子供たちは大変な変身を遂げてしまいます。暗記は苦手だと言っていた生徒が、記憶の不思議なシステムを教えただけで、突然英文暗記に目覚めてしまったり、ちょっとした刺激やアドバイスで、子供たちはいくらでも私たちを驚かせてくれたものでした。私はそれこそが教師の醍醐味だと思っています。公立学校の教師を辞めてしまった私ですが、子供たちと関わる仕事を続ける限りは、私は子供たちが見せてくれる奇跡を常に楽しみにして、指導法の工夫に日夜努力したいと思っています。そして一人でも多くの子に自信を持ってもらえればと思います。

《いじめられっ子を職員室から追い出して》
 
 私が二年生から入った学年の出来事でした。もうずいぶん前のことになりますが、その学年には二人の嫌われ者の女の子がいたのです。二人は、教室にいるとみんなから邪魔者扱いされるので、休み時間になる度に職員室に避難場所を求めてきてしまうのです。もちろん用などありませんから、職員室の中をうろうろするだけなのですが、その二人に向かって担任の男性教師は、「用がなければ教室に帰りなさい」と冷たく言い放しました。何と冷酷な教師なのだろう…私はとても悲しい気持ちになりました。後から知ったことですが、一人の女の子の家は経済的に大変苦しい状況で、制服もきれいに洗濯することさえ許されない状況だったのです。決してだらしない女の子ではなく、それどころか他の誰よりも家のことを考えた立派な少女でした。
 私は、その学年を最後に次の学校へ転勤になってしまったのですが、どういう縁があったのか、半年遅れで彼女も同じ学校に転校してきたのです。いじめに耐えられなかったのでしょう。私は当然の事ながら、学年の先生たちに事情を話して、彼女を私のクラスに入れてもらいました。そのころの私のクラスなら、きっと温かく迎え入れてくれるだろうと信じていたからです。そして彼女は私の予想通り、クラスから温かい歓迎を受けました。彼女は歌が大好きだったので、部活動は全国的に有名だった合唱部に所属し、最後の半年間でとてもいい思い出作りをすることができたのでした。しかし、家の事情が苦しいことには変わりはなく、彼女は進学をあきらめて就職する決心をしました。受験前の朝の補習をやると、就職することに決めていた彼女が必ず参加するのです。私はいつも胸を痛めていました。彼女と一緒に就職先の候補を回って歩いた私ですが、彼女の選んだ工場は決して楽な労働ではなかったのです。私は本当にここでいいのか彼女に確認しましたが、苦労するのは慣れているから大丈夫だと、彼女は力強く答えてくれました。どうして、彼女のような立派な生徒が進学を許されず、何も目的意識を持たないような子たちが、保育園代わりに高校に進学するのでしょう。
 卒業式の日、私は転校生である彼女の名前を一番最後に呼ぶことになりましたが、彼女が壇上に立ったのを見た瞬間、それまでの思い出が走馬燈のように私の脳裏をよぎり、彼女の名前は私の口から出てくることはしばらくの間ありませんでした。五分ほどが経過したでしょうか。会場は騒然としています。中には、私が彼女の名前を忘れてしまったのではないかと思った保護者もいたようでした。しかし、私の手には念のためにきちんとクラス名簿が握られていたのです。私は次から次へとこぼれ落ちる涙を何とか抑えて、苦しい絞り出すような声で彼女の名前を呼ぶことができました。苦労ばかりだった彼女に私はいったい何をしてあげられたと言うのでしょう。
 私は、彼女の堂々とした姿を前の学校の担任たちに見せてやりたい衝動にかられました。助けを求めていた彼女を冷たく見捨てた職員たち。彼らには先生という名前は絶対に値しません。きっと、今頃は彼女の存在すら忘れてしまっていることでしょうが、彼女のお母さんは卒業のお礼にと、特大サイズのジグソーパズルをプレゼントしてくれました。完成させるのに一年はかかったのではないかと思えるような壮大な作品です。私は、彼女の立派な生き方に心から敬意を表していました。私などより、数段立派なのです。
 学校の教師が子供たちを差別するから、子供同士も差別しあうようになるのです。そんな簡単なこともわからずに、先生の仮面をかぶっていられる先生たちの何と多いことか。日本国憲法には、日本国民は平等に幸せな人生を送る権利があると謳われています。まあ学校の先生などには、日本国憲法を最初から最後まで読んだ人間などいるはずもないのですが。
 私は、最近の先生たちから急激に正義感が失われていくのを感じています。絶対に許せないようなことを、簡単に許してしまう。そしてどうでもいいことに、いつまでもしつこくこだわっている。学校という限られた世界から正義がなくなってしまったら、世の中は終わりではありませんか。実社会はもっと正義とはほど遠い世界だからです。正義感のない先生たちに育てられた子供たちが、正義感の強い大人に成長することはあまり期待できないでしょう。まあ、「反面教師」という言葉もありますから、賢い子であれば「あんな先生のような大人にはなりたくない」と逆に立派な人生を送ってくれるかも知れませんが。 小学校や中学校からいじめがなくならないのも、先生たちが本気でいじめを憎んでいないからです。憎んでいないどころか、職員室の中にさえいじめがあるのですよ。少し変わった意見を主張する人がいると、その先生はまず確実に村八分にされます。他の先生と同じようなことをしても、その先生だけが非難の対象になってしまうのです。職員会議でせっかく大変なプリントを提出しても、先生たちはあら探しをしてはその先生を責め立てます。他の先生が作ったプリントなどは、お粗末すぎてお話にもならないというのに、なぜかその先生だけがいじめられてしまうのです。
 ある学校では、みんなに嫌われている男の先生がいて、その先生の隣の席にはなりたくないと、二人の女性教師が学年主任に直訴したことがありました。私は、彼女たちが女でなければ胸ぐらをつかんで廊下に引きずり出していたことでしょう。私も彼とは喧嘩寸前の状態でしたが、私は席が近いのはいやだなどと子供のようなだだをこねるほど非常識ではありませんでした。職員室がこのような状態なのですから、クラスに正義が根付かないのも当然でしょう。学校の先生たちにはもっとしっかりした自覚を持ってもらいたいです。

《考えさせない常任委員会》
 常任委員会というのは学校によっては専門委員会とか各種委員会などと呼ばれる、常設の生徒会関係の委員会です。具体的には、学級委員会・保健委員会・生活委員会・放送委員会・新聞委員会・図書委員会・美化委員会などがあります。だいたい月一回は話し合いが持たれるのですが、新聞委員会が一番長い時間を要するのが普通でしょうか。いずれにしても、教師も生徒も早く会議を終わらせたいものですから、話し合いの内容は実に味気ないものとなります。例えば、前期と後期の最初の二回の委員会では、三役(委員長・副委員長・書記)を決め、活動方針や活動内容を決めることになるのですが、多くの場合はそれまでの委員会の方針や仕事を引き継ぐことになる。それまでの活動がどうだったか評価をする時間はほとんどとらないわけです。 私が学級委員会を担当したときには、伝統的に「あいさつ運動」というものがあって、学級委員は交代で正門と裏門に立ち、登校してくる生徒たちに率先してあいさつをするというものでしたが、これこそが学級委員会の仕事だという雰囲気になっていました。そこで、私は本当にそのような運動が必要なのかどうか、毎朝正門や裏門に学級委員が立ってあいさつをすることを一般生徒たちはどう受け止めているのかなど、全校生徒へのアンケートも実施して、徹底的に話し合いをさせました。そして、その結果「あいさつ運動」は実にナンセンスで、学級委員はみんなが進んであいさつをしたくなるような明るい学校生活を作るような仕事をしようということになったのです。私は、各クラスの取り組みを報告させて冊子を作ったり、特定のテーマでリーダー研修的な話し合い活動を行わせたりと豊富なメニューの委員会活動に一挙に活動転換をしてしまいました。
 しかし、結果としてはやはり学級委員会としての動きがなかなか目に見えにくいということで、「あいさつ運動」が復活することになったのです。ただし、正門と裏門に立つのではなく、昇降口を入ったところに立つことにして、少しでも一般生徒に与える重圧感をなくすような配慮をしようとしました。結局は最初に戻るのなら、何の意味もないではないかと思われるかも知れませんが、それは大きな間違いです。子供たちが試行錯誤した結果として選択した活動なのですから、それは大きな意味があったのです。「あいさつ運動」というものについて深く考えるいい機会にもなりました。
 しかし、転勤して他の学校へ移ってみると、委員会活動はやはり非常に低調なものでした。ある学校では、ほとんど先生が勝手に決めて生徒同士の話し合いなどは全く存在しない有様でした。これでは何のための委員会活動なのかわかりません。私は、何とか活動に命を吹き込もうと一生懸命あがいたのですが、学校全体の重苦しい雰囲気というものは、一人の教員があがいてもなかなか変えられるものではなく、結果的には私が他の職員から白い目で見られて終わってしまいました。私は、特にいつもいつも同じような放送を繰り返している放送委員会にてこ入れをしたくて、放送委員会の担当に立候補したのですが、その意向は誰の差し金かは知りませんが、無視されてしまいました。私なら、お昼の時間にただ音楽を流すだけでなく、その音楽が誰からのリクエストで、どんな理由によるのかなどをラジオのディスクジョッキー風に解説させるでしょう。また全国放送コンテストなどにも積極的に参加させてあげたいし、お昼の放送のメニューもそれぞれの担当者の個性を十分に活かした企画にしてあげたいと思います。もちろん、生徒たちは企画書を作成しなければなりませんから、大変面倒くさい委員会になるとは思いますが、そこまでやってこそ初めて本当の意味での充実感や達成感が味わえるのだと思うのです。常任委員会をやったという事実は残っても、実際には何をやったのかあまり印象に残っていないというような活動なら、時間の無駄なので何もしない方がましだと思います。わざわざ、放課後の部活動の時間を犠牲にして話し合いをしているわけですから、実りの多い会議にしなければ損ではないですか。それに、せめて子供たちには物事を形式的に終わらせてしまうような大人のずるがしこさは学んで欲しくはありません。 生徒会活動も本気で取り組めば大変なものになってしまいますが、内容を精選しながら役員たちに充実感を持たせられる活動にするよう、顧問たちが必死で頭を悩ませる必要があるのです。ところが、実際には顧問たちでさえそれまでの活動を踏襲することで満足しているので、何だかとてもつまらない生徒会ができあがってしまいます。子供たちはアイデア豊富ですから、指導者が上手にコントロールしてあげれば、本当に活発な委員会や生徒会ができるのですが、そこまでやると結局は自分の仕事も増えることになるので、先生たちは適当に処理して終わりにしてしまうのです。しかし、その委員会活動が高校入試のための調査書にはきちんと活動記録として掲載されるのですよ。実際にはほとんど言われるままに動いただけの委員会活動であったとしても、調査書の上で文字になってしまえばいかにも立派に見えるではありませんか。ただ、高校の先生たちも最近では具体的な活動内容を記載してくれるように注文してくるようになり、それはとてもいい傾向だと私は思っています。名ばかりの委員会活動を公認してしまえば、子供たちは調査書に肩書きを一つ追加するためだけの目的で、委員会に立候補するようになってしまうからです。実際、多くの学校ではそれが現実でしょう。
 文科省は「生きる力」の育成を打ち出しました。それは同時に「考える力」でもあると思います。本気で取り組むなら、今のままの委員会活動では不十分ではないでしょうか。

《陰でしか文句の言えない先生たち》
 日本人は議論下手で有名です。議論をすることは相手と喧嘩をすることだとつい勘違いしてしまう。これは、狭い国土に多くの人口が詰め込まれた島口独特の国民性なのでしょう。ですから、それ自体を無条件に批判するのは間違っているとは思います。しかし、この国際化の時代に、いつまでもそんな意気地無しではいけませんね。少なくとも、日本の未来を背負う子供たちは、自分の意見を堂々と主張できる人間に成長してもらいたいと誰もが思っていることでしょう。感情的にものを言うのではなく、理論的に相手を説得させる技術を訓練する必要があるわけです。アメリカでは、ディスカッション(討論会)とかディベート(論破競争)の訓練を徹底的にするようです。相手を説得するには、単なる熱弁だけではなく客観的なデータを示すことも必要ですし、どのような言い方をすれば相手が反論できなくなるか、そんな話術も子供の頃から徹底的に訓練されるわけです。そんな国民と対等に渡り合っていこうというのですから、これは並大抵のことではありません。
 ところが、先生たちはと言うと、伝統的な日本人の島口根性を脱し切れていないわけです。そのいい例が職員会議で、職員の平均年齢が低かった時代には活発な討論もありましたが、高齢化した現在では会議中に激しい議論になることはまずありません。原案を提出した人にいくつかの質問がある程度で、あとは議論もなく提案が通過するという状況なのです。反対意見を言うことが、その人との人間関係を悪くすると思いこんでいるようです。議論は喧嘩ではありませんから、職員会議の場でこそ活発に意見交換すべきなのに、それをしないのです。その結果何が起こるかと言えば、会議が終わった後に仲良しグループが集まってああだこうだと陰で文句を言い始めるという情けない有様です。意見はみんなの前で堂々と言うのが筋というものでしょう。 職員室でのひそひそ話は、毎日のようにどこかで行われています。対象は、同じ職員室の同僚であったり、管理職であったり、あるいは保護者や生徒であったりします。政治家の批判をする先生はほとんど見たことがありません。なぜなら、政治のことは全く理解できない先生が多いからです。社会勉強が不足している証拠ですね。そして、その不満や愚痴の内容と言ったら、レベルが低くて文字にする気にもなりません。なぜ、陰で言うのでしょうね。職員室がこういう状況ですから、お酒の入った宴会の場所などは、ほとんど狂乱状態です。しらふではものが言えない意気地無しが、酒の勢いを買って偉そうなことを言い始める。私はそれが大嫌いで、職員同士の飲み会には一切参加することをやめてしまいました。そうしたら、「あいつはつきあいが悪いやつだ」と陰口をたたかれるようになった。私は陰で言われることには一切興味はありませんから、全く意に介してはいませんが、同じ教員として情けないのです。
 それでいて、子供たちには積極的に意見を言うように指導をするのですが、基本的に言動の一致しない人間が何かを語っても、言葉に感情が正直に出てしまうからか、説得力がまるでありません。私がクラスで話をして生徒から拒否反応を示されたことがないのは、生徒たちが私は陰で悪口を言わず、意見を堂々と述べる教師だと言うことを知っていたからでしょう。子供たちに対して何か言いたいことがあるときも、私は正直に自分の心の内を話しました。教師としての発言と、一人の人間としての発言も、区別して話をしました。区別するというのは、あらかじめ生徒に確認してから話をするわけです。これは先生としての意見だけどね…という具合です。ですから、子供たちも言いたいことは何でも正直に言ってきてくれました。私に対する不満であっても、きちんと伝えてくれました。私はそれで生徒を怒鳴りつけたりしないからです。
 ところが、特に女性の教師たちは、何でも言ってくれといいながら、自分に対して批判的なことを言われると、感情的になってヒステリーを起こすのです。ですから、生徒たちは「あの先生に言ってもヒスを起こすだけだからやめよう」ということになります。実際に生徒たちの多くがそういう発言をしておりました。例えば、あるクラスの生徒と担任の関係がこじれているときなどは、授業の最初の時間を使って担任の立場を生徒にわかりやすく説明したりするのですが、そういう場合でも生徒たちは「言っても無駄なんです」と言うだけでした。だからといって、私は決して同僚の批判をするような真似はしませんでしたが、多くの場合は子供たちの言い分にも分があったように思います。
 先生たちの言い分は確かに理屈が通っているように見えるのですが、とにかく言動が一致していないのです。ですからいくら立派なことを言われても、子供たちがなった苦するわけはありません。それは、大人の世界でも同じではないでしょうか。管理職がいくら立派なことを述べても、普段の行動がいい加減であることを知っていたら、私たちの誰が管理職の言葉に真剣に耳を傾けるでしょう。
 学校の教師はよく「信頼関係」という言葉を使いますが、教師と生徒の間の信頼関係はそんなに簡単に成立するものではありません。先生たちの献身的な姿勢が長い期間継続されて初めて少しずつ子供たちからの信頼を得られるようになるのです。それでも、苦労して築いた信頼関係も、壊れるときは一瞬です。たった一回の教師の裏切り行為で、信頼は水の泡と帰してしまうのです。そのくらい、学校での教師と生徒の信頼関係はナイーブなものだと思っていいでしょう。ですから、先生たちは普段の言動に細心の注意を払わなければなりません。相手が子供だからこそ、嘘は通用しないと思うべきです。子供には心の中を見抜く特別な能力が備わっているのです。 最近の管理職は、保護者に対して厳しい注文をすることができなくなってしまいました。理由は簡単です。特に大きな問題を起こすことなく、無事に定年を迎えたいからです。ですから、部下である職員が保護者から根も葉もない批判にさらされていたとしても、それを守ろうとしてくれる勇敢な管理職などほとんどいないと思った方がいいでしょう。部下を見捨てることなど平気なのです。とにかく自分の保身が最優先事項だからです。
 ある校長は他に誰もいない校長室で私に言いました。「所詮は他人の子なんだから、ムキになるだけ損よ」校長がそんな発言をしてもいいのかと、私はあきれてしまいました。本当にそう思っているのなら、保護者の前に出て、「子育てに無責任な保護者のお子さんに、責任を持つことはできません」とはっきり明言すればいいではありませんか。ところが、その校長は保護者の前に出ると一気にごますり人間に変身してしまうのです。そして「あのとき校長先生はそう言っていたではありませんか」などと言えば、「あら、私はそんなことを言った覚えはないわよ」などと平気で嘘をつく。どうしてこんな人格的に問題のある人間が管理職になれるのか、私はどうしても納得することができません。昔はもっと度胸の据わった立派な校長先生が数多くいらっしゃったわけですから、何が管理職の世界をこんなに情けない状態に変えてしまったのか、県教委はよく反省してみることです。
 保護者に学校の実情を明らかにし、学校の職員の考え方を正直に伝えることはとても大切なことです。なぜならば、そうすることで正義派の保護者が立ち上がってくれるからです。ところが、現状は学校は事実や本音を隠して玉虫色の発言しかしないので、正義派の保護者たちはばかばかしくて学校に協力しようとはしないのです。逆に学校批判を繰り広げる政治団体が勢いを増すことになる。これでは学校はいつか滅びてしまうでしょう。

《つまらない校則に縛られて》
 私が最後に勤めた学校では、子供たちがはく靴下でいろいろ議論を醸しておりました。ハイソックスはOKで、くるぶしまでの短いソックスは駄目なのです。別に靴下などどんなものでも構わないではありませんか。私個人としては、女子のルーズソックスだけは絶対に認めたくはありませんが、それもどうしてもはきたいのだということであれば、保護者さえ責任を持ってくれればどちらでも構いません。
 学校にはその他にもくだらない校則がまだまだたくさんあります。女生徒の髪の毛を結うためのゴムの色が問題になります。地味な色でなければ駄目だというわけですね。それでは何が地味な色なのかということになると、これは個人によって見解が違うわけです。別に赤いゴムをしていたからといってどうということはないでしょう。色など規定する必要はないのです。また、ある学校ではカチューシャを使用するのは禁止でした。髪の毛をきちんと止めるために使うカチューシャは決して見栄えの悪いものではありまえんでしたから、私はどうしてそれが禁止されているのか理解に苦しみました。
 シューズも運動に適した靴というように規定されていますが、バスケットシューズはOKでテニスシューズは滑るから駄目などというルールには全く説得力がありませんよね。ましてや、デッキシューズはだめとか、傾向ピンクはだめとか、別にどうでもいいではありませんか。そんなに駄目駄目と言うのならいっそ学校指定のシューズでも作ってしまえばいいのです。生徒の自由意志にある程度任せている以上は、個性の主張は認めてあげていいでしょう。他人とは違ったものを身につけてみたい年頃なのです。こちらが騒がずにいれば、そのうち地味なものに落ち着くに決まっています。
 体操着はジャージのズボンの上に出してはいけないというルールもありました。熱いのですから出しても構わないと思うのですが、なぜか駄目なのです。Yシャツを制服のズボンの外にだらりと出しているのはさすがの私も好きではありませんが、体操服がジャージの外に出ていようが中に入っていようがそんなことはどうでもいいことです。それに、体育祭の練習などで先生たちがジャージ姿になると、特に女性教師はポロシャツをジャージの外に出しているではありませんか。中年太りの醜い腹を協調したくないと言う気持ちは十分に理解できるし、こちらもそのようなものは見たくもありませんが、子供たちに厳しく体操着の着こなしを注意するのなら、先生たちもきちんとしなければならないと思うのです。そこが教師の矛盾なのですね。
 授業中の服装にしても、制服でなければだめだと規定している学校もあれば、ジャージでもOKという学校もあります。同じ市内の公立中学校でそんな違いが出るのは、市教委の指導力不足としか言いようがないでしょう。制服を着るか着ないかという問題に関して、地域による差など全くないはずなのですからね。明らかに市教委の責任放棄です。そもそも、制服をどうするかという問題は、もう一度正式に検討してみる必要があるでしょう。なぜなら、学校の制服の値段は信じられないほど高いからです。義務教育でありながら、制服にこれほどのお金がかかるというのは考え物です。それならば、制服をやめて私服にしてしまえばいいと思うのですがどうでしょうか。大磯町のある中学校では、私服にしたために返って洋服代がかかるようになって困ったという話も聞きますが、多くの学校では服装にこだわるのは最初のうちだけで、そのうち簡素な私服に落ち着くというのが一般的な傾向のようです。そうすれば、制服の着こなしを注意する必要もなくなるではありませんか。
 茶髪とピアスの問題はどうでしょう。茶髪の指導は、現実には中学校でしか徹底されていません。もちろん、指導が徹底していると言っても、生徒がその指導に従っているかどうかはまた別問題です。基本的には頭髪の問題もピアスの問題も家庭のしつけの領域だと思うのです。ですから、そんな問題で教師と生徒がぶつかり合うのはエネルギーの無駄遣いではないでしょうか。茶髪にしたからと言って、必ず生活が乱れるわけではありませんし、ピアスに関しては全く問題はないでしょう。高校入試の時に茶髪が原因で不合格になったとしたら、それは家庭と本人の責任であって、学校がその責任を問われる必要は全くないでしょう。面倒を見すぎるのもまた問題だと思います。ですから、学校は茶髪とピアスの問題については全て家庭に預けてしまえばいいと思います。
 携帯電話については、どうしても緊急連絡の必要があるという家庭の都合もあるようですから、これも家庭の責任で処理すべき問題ではないでしょうか。ただし、授業中にメールの交換をしていたなどというときには、学校に取り上げても文句は言わないという誓約をしてもらえばいいのです。ゲームボーイなどの遊び道具は、もう中学生なのですから学校に持ち込む必要はないでしょう。これに関しては生徒たちも文句は言わないはずです。そんなことをして遊んでいるほど暇な時間はありませんからね。
 こうして考えてくると、学校にはまだまだ不必要な校則が多いことに気がつかれるでしょう。解決方法は簡単で、保護者が責任を持つから自由にして欲しいと学校に申し入れればいいのです。先生たちは大喜びすること請け合いです。「人は見かけではない」という指導と「人は第一印象が大切だ」という相反する指導は、両方ともしっかりと教える必要があるでしょう。その兼ね合いを考えていくのは子供たちの仕事です。とにかく、彼らを不必要に縛ることは早くやめるべきです。

《乱暴な言葉遣い》
 これに関しては私も大きな事は決して言えません。ソフトボール部の顧問をしている私は、グラウンドではもう暴言の連続ですからね。ただ、私は私なりに言葉遣いのモードを切り替えているつもりです。本気でしかるときには、乱暴な言葉を使うこともありますが、授業中は非常にていねいな言葉を使います。ところが、最近の、特に若い先生の中にはとんでもない言葉遣いで授業をする人がいて、首根っこをつかんで外に連れ出してやりたくなることがあります。これは学校だけには限らないことです。学生の言葉遣いはひどいもので、「おめえ、何度言ったらわかるんだよお」「ちげーよ。おめえ馬鹿じゃねえのか」「まじかよ。ふざけんじゃねえよ。ちゃんと聞いてればわかるじゃねえか。てめえ、なめてんのか?」などなど、実際に私が耳にした先生という立場の人間の生徒に対する言葉遣いです。これはさすがに許してはおけないのではありませんか?そういう先生は、保護者が授業参観などしていれば、手のひらを返したように丁寧な対応に変わってしまいます。堂々と普段通りの授業をすればいいではありませんか。度胸がないというか、意気地がないというか、まったく情けない限りです。
 つい先日、通勤の電車の中でいきなり携帯の呼び出し音が鳴りました。電車の中ではマナーモードにするように注意書きが書いてあるのですが、字が読めないのか若い女性のグループが大きな声で談笑していた、その一人の携帯です。しかも、その女性はその呼び出しに応えて携帯で話しているのです。もしすぐ近くに心臓のペースメーカーを使っている人がいたらどうするのでしょう。そういう非常識な連中はごく一部であることは承知していますが、こんな女性たちが母親になったらどんな子育てをするのかと思うと、本当に嫌になってしまいます。思わず怒鳴りつけてやろうかと思いましたが、他のお客さんも嫌な思いをするでしょうから、そのまま放っておきました。「馬鹿は死ななきゃ直らない」と冗談混じりに言われてきましたが、それは本当ではないかと思います。もちろん、敢えて死ぬ必要はないとは思いますが、あんな非道得な連中は、どこかで痛い思いをしなければ絶対にまともな人間には戻れないでしょう。
 今の二十歳前後の若者たちの道徳観を鍛え直すのは、正直言ってエネルギーの無駄遣いのような気がします。ですからそちらは一般企業の怖い上司に任せるとして、私たち子供の教育に関わる人間たちは、未来を担う子供たちにきちんとした言葉遣いで接しようではありませんか。私は、私塾の時間講師をするようになって初めて小学生を教えましたが、小学生はやはり先生に対しても言葉遣いが友達口調になてしまいます。それでも、まだまだ子供ですからいきなりしかりとばしたら今度は恐ろしさで口をきいてくれなくなってしまうといけませんから、私は辛抱強くていねいな言葉遣いで授業を進めるようにしています。すると、いつの間にか彼らの言葉遣いも少しずつではありますが、丁寧語に変わって来るのです。ただ、他の言葉に無頓着な先生のところに行けば、また元の通りの乱暴な言葉使いに戻ってしまいます。つまり、子供たちは先生たちの態度によって、自由自在に自分たちの態度を変えているということなのです。このことを私たちはよく心しておかなければなりません。そして、手遅れになる前にきちんとした言葉遣いができる子供たちを育てる必要があるでしょう。もちろん、授業が終わって一緒に遊んだりするときには、多少の友達言葉は許してあげてもいいとは思いますけれどね。
 言葉遣いはその人の人柄を表します。世間に出れば、一度評価を下された人柄は、なかなか汚名を挽回することはできないのです。子供たちばかりでなく、先生たちも十分注意しないととんでもない目に遭うでしょう。

《子供たちとの約束は必ず守ること》
 私の尊敬するある先輩教師は、学校一怖い先生で通っていましたが、生徒たちからの信頼は絶大でした。なぜなら、彼は生徒との約束を絶対に破らないからです。個人ノートを提出させれば、次の日には必ず全員分のノートに赤ペンを走らせて返却します。一度始めた小テストは、必ず一年間同じペースで実施し続けます。まさに継続の人でした。その先生がある日こんなことを言っていたのを覚えています。「石山、何が一番緊張するかと言って、どんな種類のプリントでも学級通信でも第一号を書くときが一番緊張するんだ。なぜって、一号を出せば必ず一年間最後まで出し続けなければ行けない責任を負うことになるからだよ」彼は、それほどの強い覚悟で何事にも臨んでいたのです。本当に立派な先生だったと思います。
 また、ある先生はやはり学校で一番怖い先生の一人として恐れられていましたが、部活動に関しても学級経営に関しても、常に大きな手のひらの上で子供たちを自由に遊ばせているのです。自分が見ていないところで子供たちがずるをしても、そんなことには全くこだわりません。子供だって息抜きが必要だと考えていたようです。その代わり、先生の前では決して手抜きは許さないのです。その切り替えの素早さが、彼に対する生徒の信頼を絶大なものにしていました。怖い先生なのに誰からも好かれたのです。その先生は、剣道の達人でしたが、やはり学級通信などもきちんと毎日書いておりました。大きな字で丁寧に一文字一文字を原稿用紙の上に並べていきます。その素朴さが、先生の魅力を更に大きくしているような気がしました。
 また、ある若い女性教師は、子供が大好きで、女子テニス部の鬼顧問として有名でしたが、楽しい理科の先生としても有名で、とにかく生徒たちから好かれていました。彼女は雨が降ると校舎内の廊下を部員たちに雑巾がけさせておりました。奉仕の気持ちを教えようとしていたのですね。乱暴な指導をしているように思っていた先生方もいるようですが、本当は実にきめ細かな計算尽くの指導をしていることを私はよく知っていました。彼女もまた子供たちとの約束は絶対に破ることがありませんでした。
 このように、子供たちの信頼を得るために日夜一生懸命な努力をしている先生方もたくさんいるのです。そういう仲間を見本にして他の職員も頑張れば、どんなにかいい学校になるのでしょうが、残念ながらそういう先生たちの行動はあまり目立つことがありません。ですから、彼らの行動や考え方をよく知る先生たちだけが、彼らを高く評価しているだけです。学校の教師というものは、変なところでプライドが高いので、自分を遙かに超えた力を発揮する同僚を見ると、素直に良さを認められないのでしょうね。自分にはとてもできないことだから、ついつい否定しようとする。ですから、私は思うのですが、決してそういう先生たちの真似をする必要はないのです。真似をしたら、絶対に彼らを超えることはできないでしょう。真似をするとしたら、彼らの努力の姿勢です。どの先生にも、必ず他の先生には真似できない才能があるはずで、それを一生懸命開拓すればいいのです。自分の持っている宝に気づいたとき、人間は不思議なほど謙虚になり、他人のいいところも素直に認められるようになるものです。
 何度も言うように、文科省の急激な教育改革のもとで、学校の先生たちは目が回るような忙しい生活の中にあります。ですから、子供たちと約束したことは、工夫してファイルにしておくとか、専用のメモ帳でも作っておかないと、ついつい忘れてしまいがちです。約束を忘れない努力なら、ちょっとした工夫でいくらでもできるではありませんか。そういう努力をして、少しでも子供たちの期待に添える教師になろうとしたいですね。

《時代が変わったからという便利な言い訳》
 
 私が、ソフトボール部の部員たちに少し高めの要求をしたときのことでした。他の職員たちがそわそわと騒いでいるのでどうしたのかと思ったら、ソフト部の女の子たちが私のことを怖いと言っているから、もっち指導をゆるめてやって欲しいというのです。私は特別に難しい要求などしてはいないのですが、私が何を求めたかという事実を確認することもしないで、いきなり指導をゆるめろと言うのです。私は、余計なお世話だから放っておいてくれと言いました。私は自分の経営方針を変えるつもりはないし、ソフトボール部の顧問としてはもうベテランなのだから、何を押さえて何を許したらいいかなどよく心得ているのです。そんな私に向かってある教師が言いました。「石山さん、もう時代が変わったんだよ。昔のような指導は今では通用しないんだ。その辺をよく考えてよ」だそうです。私は彼に言いました。「俺は、お前だけはわかってくれると信じていたのに、いつからそんな腰抜けになったんだ?情けないなあ」
 時代が変わっても、変わらない価値観だってあるはずです。私は、それが今の子供たちにもしっかり受け入れられることを信じているから要求しているだけで、決してむちゃくちゃな指導をしているわけではありません。むしろ、私の指導が理解できないのではないかと、部員たちを過小評価する職員の方がよほど子供たちに失礼だとは思いませんか?私が何にこだわっていたかはここで詳しく書くのはやめにしますが、私が最後の学校でソフトボール部を持って三ヶ月で部員たちに教えたことは、技術面よりも精神面の方が多かったでしょう。そして、私は彼女たちが最後の夏の大会を迎える前に退職してしまいましたが、三ヶ月間の成果はしっかりと結果となって出たではありませんか。市内大会一回戦負けだとどの職員も予想していたチームが、湘南ブロック大会の三位に輝き、あと一勝で県大会に手が届くところまで行ったのですからね。そのチームは三年生がたった二人だけしかいませんでしたから、新しい二年生チームは当然の事ながら県の優勝候補筆頭でした。しかし、私は新チームが市内でもおそらくは勝てないだろうと予想したのです。職員の甘い体制の中で育てられた彼女たちが勝利できるほど、ソフトボールの世界は甘くはありません。私は今でも断言できますが、一週間だけ彼女たちの面倒を見させてもらえたら、彼女たちは市内で確実に優勝争いをできるチームに変身するでしょう。しかし、彼女たちの新人戦の結果は三位でした。新人戦の三位は全く価値がありません。なぜなら、新人県大会に出場できるのは、市内二位までだからです。大きなチャンスを逃してしまったことになりますね。地域の素晴らしいコーチがついてくれていても、顧問たちが指導のいろはを知らないわけですから、これからもチーム力は落ちる一方でしょう。ソフトボールの試合は九割方バッテリーの出来で決まってしまいます。新チームのピッチャーは腕がスムーズに回らないためにストライクがなかなか入らないのです。どうしたらコントロールの悪さを直すことができるでしょう。おそらくほとんどの人は、何ヶ月もかかると思うでしょうが、私ならたったの一日で直すことができます。私自身が、ウィンドミル投法を身につけるために、何年間も努力しましたから、どこをどうすればコントロールが良くなるかなど簡単にわかるのです。ちょっとした練習方法の工夫で、もしかしたら強制するのに二時間もかからないかも知れません。でも、もう私は部外者ですから余計な情報を与えるつもりはありません。顧問の先生たちがせいぜい苦しんで方法を見つけていくことです。
 子供たちにできるだけ多くの活躍の場を与えようと思ったら、先生たちも必死で努力しなければなりません。任された仕事が苦手な分野なら、どんなに苦労しても一生懸命勉強すればいいではありませんか。いい給料をもらっていて、あれができない、これができないと逃げていてはいけないのです。そんな意気地無しなら、大切な税金から支払われている給料の三分の一は返してもらいたいです。 指導方法がわからなければ、素晴らしい指導者の下へ勉強しに出向けばいいではありませんか。神奈川県には、いろいろな競技であるいは文化活動で名をあげている先生たちが大勢います。そういう先生たちは、教えを請いにわざわざ遠方から着てくれた先生たちを大歓迎してくれることでしょう。そして、決して特別な指導法を隠したりはしないはずです。それが立派な指導者に共通した姿なのです。何事もある程度のレベルを極めた人たちは実に謙虚なのです。
 しかし、先生たちは疲れ切っていて、新しいことに挑戦する気力がありません。これでは顧問に恵まれなかった生徒たちは、貴重な青春を無駄にしてしまうことになるではありませんか。そういう事に関しての責任感は先生たちにはないのでしょうか。教育に携わるということは、それだけの厳しさを覚悟しなければできないことなのです。そして、先生たちが一生懸命に頑張っている姿を見たら、どんなに不器用な顧問であっても、子供たちは敬意を払ってくれることでしょう。彼らは実に律儀です。たとえ試合に勝てなくても、そんな先生と一緒に三年間活動できたことを誇りに思ってくれるに違いありません。
 時代は確かに変わりました。現代っ子たちの会話を聞いていたら、まるで宇宙人の会話のように聞こえることもあるかも知れません。しかし、子供たちの本質は意外にも昔とそれほど変わってはいないのです。先生という職業についているのなら、そのくらいのことが見抜けなくてどうするのですか。価値観が変わったのだと言い訳をして、時代に迎合しようとする先生たちがいたとしたら、それはただ単に努力を惜しんで逃げているだけのことです。
 四十も半ばの教師は、手取りで楽々四十万円以上の給料を支給されています。ボーナスも六月も十二月も百万円前後の高額が支給されているのです。この額を聞いて驚く人は非常に多いのではありませんか?こんなに多くの給料を稼いでいる民間企業の人がどれほどいるか、先生たちは統計を調べてみるといいでしょう。そうすれば、自分たちが愚痴ばかりこぼしていることがいかに大きな罪であるかが自覚できるのではないでしょうか。
 エアコンの効いた職員室で、机に向かって仕事をしているだけの先生も多いのですから、世の中にこんなに楽な仕事はありません。教師をしていて民間に出た私が言うのですからそれは確かです。私の家は、私が子供の頃は農業をしていましたから、農家の仕事と比べたら教員の仕事など子供のお遊びのようなものです。それを良く心得た上で、くだらない言い訳はさっさとやめにしたらどうですか。

《「おねがいします」という挨拶》
 今の学校ではどこもそうなのでしょうか、私が最後に勤務した学校では、授業の最初に号令と共に生徒たちは「お願いします」という挨拶をすることになっていました。私はこれほど嫌な挨拶はありません。聞いているだけで身の毛がよだつのです。私は幸いにも英語の教師でしたから、そんな挨拶は一切せずにすべて英語ですますことができましたが。しかし、常任委員会のときなどは、あからさまに学校の方針に反することを一人だけやって、他の先生を悪者にするわけにはいきませんから、しかたなくその身の毛のよだつあいさつを実行しておりました。
 私が疑問なのは、生徒たちが何をお願いするのかということです。これは、明らかに先生たちに敬意を払えと強制する習慣ではないでしょうか。私はそんなことを生徒に行ってもらいたいとは思わないし、もし英語の教師でなかったら、日直か号令係の号令で礼をしてくれればそれで十分だと思っています。とにかく先生たちがあまりにも偉そうです。学年集会の時にもこの調子ですから、私は生徒たちの前に立っているのが苦痛でしかたありませんでした。話を聞いてくれとお願いするのは、むしろ先生たちの方なのではないでしょうか。なぜなら、最近の先生たちは話術に長けている人がほとんどおらず、話はただ長いだけでちっともおもしろくないからです。大人の私が聞いていても飽きてしまうのですから、生徒たちもさぞかし退屈な思いをしていたことでしょう。それでも先生の話なのだから真剣に聞けと指導したいのならそれでもいいですが、私は生徒が自然に耳を貸したくなってしまうような魅力的な話ができる先生になる方を望みます。
 そもそも、挨拶は人に強要するものではありません。習慣になっている「おはようございます」「こんにちは」「ありがとうございます」「失礼します」「さようなら」などの挨拶は元気よくできた方がいいとは思いますが、それ以外の挨拶を強要するのはそれこそ戦前の教育に近いものがあるのではないでしょうか。「そういうお前だって部活動のミーティングでは生徒に同じ挨拶をさせていたではないか」と言われてしまうかも知れませんが、普段の学校生活と部活動は基本的に集団の性質が違います。徹底的に礼節を指導すべき運動部の場合には、話が違うと思うのです。それはあくまでも私の価値観ではありますが。 それにしても、生徒の「おねがいします」で始まる授業がどれほど価値のあるものかもう一度よく検証してみてはどうでしょうか。生徒にお願いされるような価値のある授業をしている自信のある先生たちは何人ぐらいいるのでしょう。授業の最後には「ありがとうございました」と言わせます。「いい授業をして頂いてありがとうございます」という意味ならいいですが、もしかしたら「つまらない授業をやっと終えて下さってありがとうございます」という意味かも知れませんよ。まあそれは冗談としても、そのような形式的な挨拶を強要することはあまり教育的ではないような気がします。
 先生だから尊敬しろとか、先輩だから敬意を払えとか、年上だから大事にしろなどという雰囲気が、私は大嫌いなのです。先生はそれほど偉い存在なのでしょうか。国民の税金で豊かな生活を送らせてもらっているのですから、立派な授業をして当然なのではありませんか?それでも、謙虚な姿勢を貫く先生ほど、生徒には自然と慕われるものなのです。そういう先生は、「今日の授業はすごく楽しかったよ、先生」などと心からの賛辞を生徒たちからもらうことがあります。そういう言葉なら大歓迎ですよね。敬意のこもっていない形式的な挨拶ほど気持ちの悪いものはありません。「慇懃無礼」という言葉もあるではありませんか。学校の先生は、子供たちから自然と感謝されるような、楽しいためになる授業を心がけていればそれでいいのではないでしょうか。
 挨拶を教え込むことは確かに大切なしつけだとは思いますし、私もそのようなことをこの本の中で述べましたが、私の言う挨拶とは日常的な常識の範囲内の挨拶です。それ以外の余計な言葉を教え込むことは、ある意味では洗脳に等しいことだということに、なぜ先生たちは気づかないのでしょうか。そして、もし先生たちがそんなに礼節にこだわっているのだとしたら、どうして廊下で先生同士がすれ違っても軽い会釈の一つもできないのでしょう。私はそういう矛盾がどうしても許せないのです。自分たちは礼節のかけらもわきまえていないくせに、子供たちには細かな部分にまで礼節を要求する。後ろ姿で教えることのできる教師はもういないのでしょうか。 授業の最初は、先生たちが明るく元気な声で「こんにちは」と言うだけで十分ではないでしょうか。「さあ、今日も張り切って授業を始めようか」と、そんなさわやかな始まり方で十分ではありませんか。そして、授業の締めくくりには、「みんな昼食のあとで眠かったろうによく頑張ったね。また次の授業も頑張ろうね」と言って、さっさと教室をあとにしてしまえばいいのです。生徒たちは絶対に悪い気はしないと思います。
 人は、中身のない人ほど自分を大きく見せようとする性質を持っています。生徒に敬意を払うことを要求する先生たちは、おそらく自分自身が敬意に値しない人間であることに気づいているのでしょう。だから、一生懸命背伸びをして自分を偉く見せようとする。それはとても惨めな行為です。周囲の生徒に好かれている先生たちの行動をよく観察してみるといいでしょう。彼らは決して生徒に対して威圧的な態度はとっていないはずです。それどころか、いつも笑顔で生徒と接しているのではないでしょうか。中身のある人は、等身大の自分で勝負できるからです。

《マニュアルがないと動けない先生たち》
 どんなことにも詳しいマニュアルが作られるようになったのは、校内暴力の全盛期だったように記憶しています。職員の共通理解が必要だったので、微に入り細に入り全ての情報を文字にしたのです。しかし、その習慣が全ての行事にも適用されるようになり、行事の立案を担当する教師は、多大な負担を背負うことになりました。そのいい例が修学旅行です。現在でも二泊三日で行われている修学旅行は、一日の動きを分刻みで一覧表にまとめていきます。いわゆるシュミレーションのようなものですね。しかも、先生ごとに動きをマニュアル化すると大変な量の資料になります。何時にどこで誰が何をするのか、そのマニュアルを見ればすぐにわかるという非常に便利なものです。修学旅行の予期せぬ出来事に対する対応策まで、全てマニュアル化されます。ですから、生徒の修学旅行冊子と比べると、職員用の冊子は倍の厚さになることさえあるでしょう。しかし、果たしてこれが正常な状態と言えるでしょうか。
 何かが目の前で進行しているときに、自分がどう対処していいか自分自身で判断することが許されないのです。いちいちマニュアルのページをめくって対処の方法を探します。目の前の進行中の出来事は刻々と変化しているというのに、教師はマニュアルを見るのに必死です。どうして臨機応変対応をしてはいけないのでしょう。いくら綿密にシュミレーションをしても、子供たちの行動には予期せぬハプニングが起きるものです。そういう場合には、教師同士が携帯電話で連絡を取り合って臨機応変に対処の方法をその場で判断すれば十分ではないのでしょうか。実際、修学旅行が始まってしまえば、マニュアルを見ている暇などありません。だとすれば、旅行前に気が狂いそうな思いをしながら、二泊三日の期間中に起こりそうな出来事を細大漏らさずシュミレートした担当者の苦労は何の意味があるというのでしょう。
 学校は、今や何から何までマニュアル化されています。校則から健康診断から全てです。はっきり言って紙の無駄ですね。なぜかと言えば、先生たちはそんなものを配られてもどこかにしまい込んでしまって、肝心なときには三分の一の先生たちはマニュアルが見つからないからです。子供たちに「生きる力」を授けようという時代に、先生たち自身が生きる力に劣っているのでは洒落になりません。「生きる力」とは「判断する力」でもあり、予期せぬ出来事にも、瞬時にしていろいろな情報を総合し、対処法を判断するのです。そのくらいのことは、立派な学歴を持った先生たちならいとも簡単にできるはずなのです。にもかかわらず、担当者の作るマニュアルに頼るということは、重要な決定の責任を他人に押しつけることに等しいのではないでしょうか。
 何をするにも、誰か他の先生に確認しなければ動けない先生がどんどん増えています。人の命に関わることならともかく、学校内のたいていのことは、多少の判断ミスがあってもどうにかなってしまうものなのです。ですから、ああだこうだと迷っている暇があったら、責任を持って即座に判断することの方がよほど大切だと言えるでしょう。「時は金なり」です。貴重な時間を無駄にする必要はありません。
 もし、目の前で生徒が大けがをしたらどうするのでしょう。手順がどうだったか同僚に確認してから動くのでしょうか。養護教諭がたまたま出張だったらどうしますか?やることは至って簡単です。学校長に許可を取って救急車を呼び、同時に別の教師が保護者に連絡を取ればいいのです。学校の教師は医者ではありませんから、怪我の程度を判断する権限は与えられていません。だとしたら、即刻専門医に診せるしかないではありませんか。ただし、勝手に救急車を呼ぶことは許されませんから、その判断だけは学校長に委ねるのです。もし、校長も教頭も出張でいなければ教務主任や学年主任の了解の元に行動に移れば問題はありません。大切なのは、救急車を呼ぶ必要があったかどうかを良く検討しなかったとあとで責められることを案じるよりも、生徒の命を第一優先することですからね。もし、結果として大した怪我でなかったのだとしたら、それは喜ぶべき事ではありませんか。 私は、休日の部活動中にソフトボールが外野の選手の鼻柱に直撃してしまい、その腫れ具合のひどさから、すぐに救急車を呼んで保護者に連絡したことがありました。もちろん救急車で病院に搬送されてから、待合室で待機している時間を利用して学校長の自宅には連絡を入れました。その子は、尾骨骨折でその上に眼底出血の疑いもあり、また眼窩の骨にもひびが入っている状態でしたから、救急車のお世話になって大正解だったのです。保護者もすぐに病院に駆けつけてくれましたから、事は重大にならずにすみました。もしそれで私が勝手に救急車を呼んだことを責められたとしても、別にどうということはありません。大切なのは、その子の怪我に即座に対処したことなのです。保護者からすれば、怪我をしたまま長い時間放置されていることの方が、よほど重大問題なのですから。私たちが生徒を扱うときには、自分の子供だと思って対処することを心がけるべきでしょう。
 学校の職員全体で統一した行動をとるべき重要な事柄に関しては、きちんとしたマニュアルが存在すべきだとは思いますが、何でもかんでもマニュアル化することは、教師の判断力をどんどん奪うだけです。自分で判断もできないような頼りない先生たちに、保護者は安心して子供を預けたいと思うでしょうか。目の前で起きたことに関して、何が重要で何が重要でないか、その判断を即座にできるかどうかは、長年の経験から得られる能力だと思います。その能力を大切にしなければ、学校はロボットでも運営できる、無機質な空間になってしまうでしょう。
 不登校やいじめの問題に対してもマニュアルができているようですが、そういう心の問題に対して機械的な対応をすることが、どれほど保護者を落胆させるか考えたことがあるでしょうか。「一週間に一回は必ず電話をすること」とか「訪問した記録は必ず残しておくこと」などというマニュアルに従って担任の先生が動いたとしても、該当する生徒や保護者にはまず確実に誠意は伝わらないでしょう。基本的に、マニュアルを見て行動すること自体誠意に欠けた行為なのですから。
 もし、自分の子供がいじめられたり不登校になったりしたら、どんな気持ちになるか考えてみれば、何をすべきかはすぐにわかることではないでしょうか。そういう血の通った対処をしなければ、学校はますます信頼を失うだけでしょう。とにかくマニュアル人間が教育界には多すぎるのです。

《「頑張れ」だけが指導じゃない》
 これは、とても難しい問題かも知れませんね。なぜなら、多くの場合、落ち込んでいる生徒や調子が悪そうな生徒には、「頑張ってね」と声をかけてしまうのが、普通だからです。ところが、私のように軟弱な人間は心療内科という最先端の医療機関のお世話になる機会に恵まれましたので、人間には頑張ってはいけないときもあるということを、身をもって知っています。あまり知識のない一般人は、「うつ病」や「自律神経失調症」などの病気を「心の病」だなどと言うものですから、みんなそういう病名をつけられることにひどく怯えてしまうのですね。ところが、医療先進国のアメリカなどでは、「うつ病」などは風邪と同じように当たり前の病気として扱われているのです。英語では"Depression"と言いますが、「抗うつ剤」などは普通の薬局で手に入れることができるくらいです。脳細胞のシナプス間に飛び交っている電気信号が飛び交いにくい状況になっているのが「うつ病」なので、その邪魔をする物質を中和する薬を服用すれば、むしろ風邪よりも簡単に治ってしまう病気なのです。もちろん、馬鹿にしてかかってはいけませんが、症状が軽いうちならば全く苦労することはありません。
 みなさんは血液型による性格診断のようなものを信じますか?私は、確実にそのような違いは存在すると思いますし、実際に精神科や心療内科の先生たちは血液型の話をしてくれます。つまりどういう事かというと、「うつ病」になりやすい人は圧倒的にA型に多いということです。おそらくその次がO型で、まずかからないのがB型です。どうしてそういうことになるかと言うと、A型やO型の人たちは周囲の状況に気配りが細かすぎるせいなのです。また、仕事がうまくいかないとついつい自分の責任を強く感じてしまうまじめなタイプの人が多いのですね。これは悪口だと思って聞かないでいただきたいのですが、B型の人は「自分が世界の中心」という発送で生きていますから、他人がどうなろうと大して気にもとめません。その上、仕事で失敗してもいい意味で自分を責めることがないのです。だから、決して精神的に追いつめられることもないという理屈です。ある国立病院精神科の先生は、「世の中で最もまじめに生きようとしている人たちだけしかここには来ないというのが、私には悲しい」と言っておりました。
 多かれ少なかれ、ほとんどの人は鬱状態を経験しますが、そういう状況に陥ったら、それは神様が少し休みなさいと言ってくれているわけですから、堂々と仕事をさぼって構わないのです。子供であれば、そんなときは好きなことをして遊んでしまえばいい。「宿題をやらなくちゃ」とか「勉強しなくちゃ」などとくそまじめに考える必要など全くないのですね。ところが、日本の学校は頑張ることを美徳としていますから、道徳の教材にも頑張らないことを美徳とした教材などどこを探してもありません。だから、子供たちも追いつめられてしまう。元気のない生徒を見つけたら、それこそ学校の規則を思いっきり破って、屋上にでも連れ出してあげてもらいたいですね。そして「ほら、すごくいい景色でしょう。こうやってたまにはぼうっとしているのもいいものだよ」と語りかけてあげて欲しいのです。あるいは、もっと深刻な状況だと判断されたら、どこか素晴らしい自然の味わえる場所へドライブで連れて行ってあげて下さい。もちろん、保護者にはその旨をしっかり説明しておかないと、こんな時代ですから怪しい先生だと誤解されてしまうかも知れませんから気をつけないといけませんが。
 そういう、今までに学習してきたことと全く正反対の価値観を教えられたとき、子供たちはどれほど心が軽くなるか知れません。頑張らなくていいから、適当にさぼっちゃえなどと先生から言われたことがある生徒などいるわけはありませんからね。言うわけがない立場の人の口からそういうせりふが出るから価値があるのです。ついでに「先生もつかれたときは、学校をさぼっちゃうんだよ」と付け足したりすれば、子供たちはもう安心です。水戸黄門の印籠を授かったのと同じくらい勇気がわいてくるでしょう。それでも立ち直れないような更に深刻な状況であれば、もうそれは専門医にお任せする段階です。
 一般的には「うつ病」のような状態を経験したことがない人は、自分のことを強い人間だと錯覚しているものですが、正確に言わせてもらえば、そういう人は「周囲の状況に鈍感な人」ないしは「とことん自分を追いつめるほど責任感の強くない人」である場合が多いでしょう。決して強い人間などではありません。それが証拠に、本当に逃げ場のないような状況に追い込まれたら、そういう人たちでも同じ状況に陥るからです。むしろ、「うつ病」や「自律神経失調症」に陥る人たちの方が強い人間だと思います。そこまで自分を追いつめる強さを持っているという意味です。こんな風に書かれると、今までの価値観がすっかりひっくり返ってしまうのではありませんか?子供たちも、きっと同じように感じ、そしてほっとするに違いありません。
 人間は神様ではありませんから、常に頑張った状態でいることなど絶対にできないのです。ですから、まじめな生徒にはさぼる美徳を教えてあげた方がいい。若いうちにそういう価値観も知っておいた方が、大人になって社会に出たときに無用な苦しみを味わう必要がなくなります。最近では「引きこもり」という言葉もだいぶなじみ深いものになりましたが、そういう状態を味わっている若者たちも、きっとまじめな人たちばかりでしょう。まずは自分の置かれた状況を、しかたのないことだと素直に受け入れることが大切です。そして、今はゆっくり休めと神様が言ってくれているのだと考えることです。そうすれば心がすうっと軽くなる。そして、少し元気が出てきたら、軽い散歩でもしてみたらいいのです。世の中の自然が今まで以上に輝いて見えることでしょう。普通の生活をしていたら絶対に気づくことのなかったはずの宝物が、そういう経験をしたことで目に見えるようになるのです。結果的には得をしたことになりますね。
 長引く不景気と人間関係の希薄化によってストレスがうずまく世の中になりました。精神的な重圧は大人ばかりか、子供たちをも襲い始めています。胃潰瘍を患うような子供がかつていたでしょうか。中高年層の自殺も過去最高を更新したそうです。社会全体が病んでいるこんな時代だからこそ、学校の先生は声を大にして「みんな頑張るのはやめよう」と叫んで欲しいのです。もしかしたら、子供たちよりも、保護者の方がその言葉で救われるかも知れませんね。人間は弱い立場を経験すると賢くなれるものなのですよ。

《出る杭は打たれる》
 学校は世の中の縮図だとよく言われますが、子供たちの世界はまさに大人の世界をそのまま反映していると言えるでしょう。
 私の姪っ子は今は県立高校の一年生で張り切って学校へ行っていますが、中学校時代は学校行事以外は登校することができませんでした。いわゆる不登校です。中学校の先生たちが、ほとんど面倒を見てくれなかったのは言うまでもありませんが、それは期待する方が無理ですからここで改めて文句を言うつもりはありません。私の姪っ子は弟の影響もあってか非常に個性的な性格をしています。変わっていると言えば言えるかも知れませんが、行動は至って常識的です。ただ、他人の真似をしようとは決してしないのです。流行を追うこともしませんから、友達とも話が合わないことが多かったでしょう。小学生の頃に、トイレに絵を隠されたりしたことがありましたが、そのときは何も気にはとめていませんでした。小学校の先生も、大したことはしてくれなかったようで、それが私たちを油断させたのかも知れません。私は、流行歌も知らない姪っ子に、少しは時代の流れにもついていくように言ったのですが、頑固な彼女はマイペースで生活しておりました。ところが、中学校に入ってから吹奏楽部で数名の女子グループにプレッシャーをかけられたのです。どうやら、姪っ子の不登校の直接のきっかけはその時点でのいじめにあったようでした。残念なことに、当時の吹奏楽部の顧問の先生も、クラスの担任の先生も、その件に関しては何も力にはなれなかったようです。今時の中学校の先生たちはそれほど情に薄いのです。私なら絶対に放ってはおきません。もし、自分の子供がいじめられたとしたら、絶対に黙ってはいないからです。だから、親から預かっている大切な子供たちが同じように誰かからいじめられても、真剣に怒るのです。でもそんな私の感覚は、他の先生たちのそれとは食い違っているようでした。
 血のつながりなのでしょうか、私も姪っ子も、周囲の人間たちから見れば「出る杭」だったのでしょう。私も決して無意味に他人と同じ行動をとることはありませんし、納得のいかないことは絶対に実行したりはしません。議論も納得がいくまで絶対にやめませんし、会議でも思ったことは正直に言います。農家の息子として育った私にとって、学校の教師の仕事はあまりにもきれいすぎて、性に合いませんでした。ですから、ついつい汚れ仕事に手を出してしまうのです。それがまた他の先生たちの顰蹙を買うらしいのですね。別に気にしなければいいのに、私が嫌みで玄関の水打ちや校舎の壁磨きをせっせとやっていると思ったのでしょう。私はただ単に貧乏性で、何か仕事をしていないと気が済まない性格なだけなのです。それに、汚れ仕事をしない教員には絶対になりたくないという強い信念があって、それに関しては少しも妥協をするつもりはなかっただけです。でも、決して他人に自分の価値観を押しつけたりはしませんでした。それでも、変わったことをされてしまうと、気になるのでしょうね。ましてや、それが生徒たちから評価されてしまうとなると、自分たちがまるで悪い先生にされてしまったような気になるのでしょう。ですから、私はずいぶん意地悪をされました。私はA型の血液を持っていますから、非常に几帳面で仕事も正確ですし、周囲の人間にもめいっぱい気を配ります。それでも、不思議と誰に何を言われても気にはしませんでした。ただ、陰で悪口を言われるのは問題ないのですが、私の仕事を邪魔する言動に対しては、徹底的に攻撃的な姿勢をとりましたので、そういう意味では非常に恐れられていたと思います。仲間との酒付き合いもいっさいしませんでしたから、本当に気にくわないやつだったのでしょうね。そんな私が退職したことで、職員室は安堵の吐息に包まれたに違いありません。
 話は姪っ子のことに戻りますが、彼女もまた他人に合わせる生き方を選ばなかったために生意気だと思われたのでしょう。行事だけはと学校に出て行けば、「行事の時だけ着やがって迷惑なんだよな」とクラスの男子生徒数名からあからさまに言われたそうです。それを知っていて、担任が何もできないというのですから、情けないですね。私なら、そんな男子生徒は首根っこをつかんで廊下に引きずり出して、素直に反省しなければはり倒すでしょう。もちろん、そんなことをしたら教育委員会に訴えられてしまうことは間違いありませんが、いじめだけは絶対に許すわけにはいきません。そのときの担任は私の後輩でしたが、とても熱心な先生だっただけに、いつからそんな保身主義の情けない教員に成り下がってしまったのかと、非常にがっかりさせられました。彼は未だに私と目を遭わせることができません。当然でしょう。やるべきことをやらなかった罪は自分が一番良く知っているのだし、私がそういういい加減な教員を毛嫌いしていることも、かつての同僚としてよく知っているはずだからです。
 子供たちの世界が、個性的な仲間を村八分にする雰囲気は、大人の世界をそのまま反映しているのでしょう。教師の世界ですら、特別な能力を発揮する人は倦厭されます。だから、適当に馬鹿な振りをしていないと、思いも寄らないところで恨みを買っていることがあるのです。私などは、市内の英語の先生たちのあまりのレベルの低さにあきれてしまって、英語研究会を脱退していましたから、特に毛嫌いされていたに違いありません。でも大人げないではありませんか。私にレベルが低いと言われたなら、私を見返せるくらい英語力をつけて勝負をすればいいのです。私は英語部会の会合ぐらい、全て英語でやったらどうかと思っているのですが、そんなことをしたら誰も出席する人間がいなくなってしまうでしょう。それほどレベルが低い。文科省の言う英検準一級程度の学力など、望む方が無理というものです。受かるわけないではありませんか。
 と、こんな具合に私はずけずけとものを言いますから、「出る杭は打たれる」の格言どおりになってしまったのです。もちろん、私ももっと穏やかに行動すれば良かったのかも知れませんが、アメリカ人とつきあうことが多かったために、そんな話し方に気を遣うのは馬鹿馬鹿しくなっていました。世の中は実力勝負です。力のない人間は発言力もないのです。立派なことを言いたければそれだけ実力をつければいい。頭がいいとか悪いという問題ではありません。努力するかしないかという問題です。コンピューターができなくて悔しかったら、徹夜してでも一ヶ月間ぐらい集中して勉強すればいいのです。そうすればパソコンの扱いなど子供のゲームと同じくらい簡単なことに気づくでしょう。大人の世界がもっとレベルアップすれば、自然と子供たちの世界も個性を尊重する雰囲気に変わるのでしょうが、これがなかなかうまくはいかないのですね。日本人の島国根性はそう簡単に直るものではありません。しかし、それが国民性だから仕方ないなどと言っていたら、本当に国際社会から村八分にされてしまうのではないでしょうか。
 人間にはみな個性があり、他人と同じであることは返って恥ずべき事だという教育ができれば、いじめは絶対になくなると思います。もちろん完全に消えることはないにしても、正義感の強い子供たちもたくさん育つに違いありません。日本人はよくアメリカ人のことを黒人差別をする偽善者だと非難しますが、本当は日本人の方が外国人に対して偏見を抱きがちなのです。アメリカは人種のるつぼですから、外国人アレルギーはまずありませんが、単一民族国家である日本の国民は、外国人に対して「劣等感」というアレルギーがあるわけです。最近ではまた「優越感」という拒否反応も示すようになっているようですが。 自分の個性を大切に育てる心は、結果的には他人の個性も尊重する態度を育成します。それは、有名な「インディアンの教え」にも書かれていることです。どうやら、ある有名作家によって紹介されたあの「インディアンの教え」は、実際にはヨーロッパ人の女性が作ったもののようですが。いずれにしても、個性を尊重する環境の中で育てられた子供たちは、大人になってからも他人の個性を尊重する人間になるというのは事実でしょう。
 茶髪やピアスをしている若者を電車で見かけると、周囲の大人たちは苦笑していますが、途中の駅でお年寄りが乗ってきたとき、一番最初に行動を起こすのはそういう若者だったりするのですよね。人は見かけによらないといいますが、本当にその通りです。彼の周囲にいる立派な身なりのサラリーマンたちは寝たふりをしていたりするのですから、皮肉なものです。これが日本人の現状です。

《電車に乗れない子供たち》
 私も、初めて部員たちを電車で練習試合に連れて行ったときには、面食らってしまいました。まず、切符の買い方も知らない子たちがいるのです。それに、下手をすると券売機の全てを占領してしまう。部員たちに、一般のお客さんを優先して、券売機も一台だけを使って、誰かがまとめて買うようにしなさいと説明しなければなりませんでした。そして無事切符が買えて、東海道線のホームに降りて行ったのですが部員たちがどこにもいないのです。気がつけば、二つ向こうの相模線のホームにいるではありませんか。私はあわてて部員たちをこちらのホームに呼び戻しました。これでは安心して電車にも乗せることができません。
 電車が到着して全員無事乗車したことを確認して私も車両に乗り込んだのですが、今度はおしゃべりのすごいこと。私は、全員に静かにするよう注意をしました。「通勤でつかれている人たちもいるのだから、静かにしなくてはいけないんだよ」と丁寧に説明したのはもちろんのことです。そして、もちろん子供たちを座席に座らせることはしません。乗客が少ないときは例外ですが、その他のときは具合の悪い部員以外は、全員立っているように指示したのです。もちろん顧問の私も座りません。部員たちは気を遣って席を見つけては私に知らせに来るのですが、子供たちを立たせておいて私が座るわけにはいきませんからね。こうして、部員たちは礼儀正しい電車の乗り方を身につけていったのです。ソフトボールはほとんど格闘技に近いスポーツですから、試合が終わればユニフォームは泥だらけです。ですから、行きはユニフォームで出かけて(これは地域への宣伝の意味でわざとそうさせたのですが)、帰りはジャージに着替えて電車に乗せました。
 ところが、他の学校の生徒たちや他の部の生徒たちを見ると、電車の中でのマナーは最悪です。他校の教師ながら、ついつい注意したくなったほどでした。もちろん、現在でもそんな状況は変わりません。私は学校の教師をしていたくせで、あまりにもマナーがひどいときには平気で注意をします。そして必ず学校の名前と顧問の先生の名前を聞くのです。それは実際に連絡を取るためではなく、彼らに自体の深刻さを思い知らせるためです。基本的に、顧問の先生が誰も付き添っていないこと自体が問題ですね。ホームから誰かが落ちて大事故につながったら、いったい誰が責任をとるのででょう。しかし、私の部も大きな荷物が多かったので、保護者の車出しの応援が得られないときには、やむを得ず何人かの部員を荷物と一緒に私の車に乗せて、残りの部員たちはしっかりした上級生を数名つけた状態で、子供たちだけで電車に乗せました。それはとても危険なことですから、普段はできるだけ保護者の車出しをお願いしていました。ただ、うちの部員たちはしっかりとしつけが行き届いていましたから、きちんとマナーを守って移動をしてくれていたようです。 子供たちが公共の交通機関を利用するときに傍若無人な態度をとるのは、学校の先生の責任だけに帰すわけにはいきません。なぜなら、周囲にいる大人たちがそのようなひどい状況を黙って見過ごしているからです。自分の子供ではなくても、同じ日本人として子供たちの不作法を注意する義務が全ての大人たちにはあるのではないでしょうか。相手が高校生ぐらいになると、怖くて注意できないという人もいますが、周囲にいる大人たちが数名で力を合わせて注意をすれば、絶対に刃向かってくることなどあり得ません。こういうときは数の論理が効力を発揮するのです。高校生が三人いたら、五人の大人で注意をすればいい。そうすれば、人数で劣る高校生たちは喧嘩をしても勝ち目がないことを悟りますから絶対に刃向かっては来ないわけですね。大人たちがびくびくしていてはいけません。 しかし、中学生の部活動での移動に関しては、やはり顧問の先生の考え方が色濃く反映するでしょう。世間の人々に迷惑をかけないことを口を酸っぱくして指導している顧問の部活であれば、子供たちはそれなりに規律のある行動をとるはずです。ところが、技術の指導にばかり夢中になって、そういう礼節の指導を怠っていると、顧問のいないところではとんでもない醜態をさらす子供たちが育ってしまうわけです。
 そんなことは家庭のしつけの問題だと言って片づけてしまうのは簡単ですが、現実の問題として家庭の教育力がこれだけ衰退してしまった時代なのですから、学校の先生が何とかしなくては子供たちは成長する機会を失ってしまいます。何でこんなことまで…と矛盾を感じながらも、先生たちがしっかりとしつけを行うことが大切な時代になってしまったのです。そういう指導が通用するのは中学生ぐらいまでですから、何とかしませんとね。

《騒がしいままの全校朝会》
 昔、ある小学校の校長先生が嘆いておりました。「申し訳ありませんねえ。うちの学校は組合の先生たちが強くて、朝会で整列させようとするだけで、それは軍隊教育だと猛反発されてしまうんです。ですから、朝会の時も生徒はばらばらで、中学校の先生たちには大変なご迷惑をおかけしていることと思います」何も学校長が謝ることではないと思いました。一人や二人の先生の犯行なら管理職の管理能力を問われる問題だと思いますが、集団で反発されたとなると、当時は神奈川県でも最も日教組の力が強いとされていた湘南地区ですから、学校長には何もできなかったのでしょう。それにしても、ずいぶんと極端な話ですが、その学校の卒業生を受け入れていた私の中学校では、整列を教えるのに本当に苦労させられました。
 今ではさすがにそのような馬鹿げた理屈をこねる教師集団はいなくなったようですが、全校朝会が騒々しい中で進行する学校は少なくはありません。学校長が話をしていても、生徒たちは後ろを向いておしゃべりをしていたりするのです。周囲には先生たちが腕組みをして立っていたりするのに、本気で注意しようとはしていません。確かに本当に聞き惚れてしまうような内容の訓話をする管理職がほとんどいなくなったことは認めます。しかし、だからといって、話の内容がつまらなければおしゃべりをして聞かなくてもいいということにはならないではありませんか。そんなことを許しているから、秩序のない成人式へとつながっていくのです。
 私は、自分の学年以外の列にもどんどん割り込んでいって、注意をします。それでも直らない場合は、かなり威嚇的な姿勢を見せながらねばり強く注意をします。普通なら、他学年の先生に注意されてしまった学年の先生たちが焦って注意をするというのが当たり前なのですが、そういうプライドもないようで、子供たちはたった一人の教師の注意よりは、放任してくれているその他大勢の教師を味方につけた勝利の表情を示すのが関の山なのです。そして、全校朝会が終われば「校長の話がつまらないからいけないんだ」とお互いに言い合っています。本当にそれでいいのでしょうか。私はどこか違うのではないかと思わざるを得ませんでした。校長にはもちろん内容の濃い話を考えてくる努力は怠って欲しくはないという点では同意見ですが、だから生徒たちの私語を注意しないというのは理論のすり替えだと思います。
 実際、全校朝会の直後に特定の学年だけが残されて学年集会を開くこともあるのですが、そういうときには学年主任や生徒指導担当がどんなにわけのわからない話をしていても、周囲の先生たちは、同じようにおしゃべりをして話を聞こうとしない生徒たちをやっきになって注意しているではありませんか。管理職だけでなく、学校の先生の話はだいたいにおいて説教くさくておもしろくないのです。話術の勉強が足りないと言うよりも、普段のおもしろい体験が不足しているからなのでしょう。感動した映画の話をしたり、散歩をしていて出会ったお年寄りの話をしたり、生徒たちが思わず耳を傾けてしまうような話ができる先生はほとんどおりません。そういうお前はどうなのだと言われれば、別に自慢するわけではありませんが、私はいろいろなものに対して好奇心が旺盛なので、楽しい話はいくらでも知っていますし、それをおもしろおかしく効果的に子供たちに話す話術にも長けています。こんな言い方をすると、多くの日本人には嫌われてしまうだろうとは思うのですが、自分の長所は長所としてしっかりとアピールするのが現代の国際人としての日本人に求められている資質ですから、あまり悪い感情を持たずに聞いて下さい。
 私はいつも思っているのですが、子供たちに話をするときに、「先生」という立場でものを言うときと、「一人の人間」としてものを言うときとでは、話の説得力に大きな差が生じると言うことです。学校の教師をしている限りは、子供たちの前で建前論を展開しなければならないことも少なくはありませんが、ときには裸の人間としての自分をさらけ出してあげてもいいではありませんか。ところが、自分の真の姿をさらけ出すということ自体に恐怖を感じている先生が多いようなのです。これでは血の通った教育はできないのではないでしょうか。まあ、いずれにしても、話の内容にかかわらず、学年集会で生徒たちのおしゃべりを注意する姿勢を貫くのなら、全校朝会でも同じような姿勢を貫かなければならないと思います。そうしないと、結局は先生方が学校長の話はちゃんと聞かなくてもいいというお墨付きを下してしまう結果になるからです。
 最近の子供たちは、ただでさえ他人の言い分に耳を傾けることが苦手です。でも、他人の話に耳を傾けることは民主主義の大前提ではありませんか。他人の話がきけない人間の話を、誰が聞いてくれると思いますか。自分の意見を主張したければ、まずは他人の意見に耳を傾けるべきなのです。日本人というのは、義務は果たさないけれど自由は要求するという、矛盾した民主主義に汚染された民族です。ですから、消費税が上がると大騒ぎするくせに、医療費負担が増えても同じように大騒ぎするのです。税金を払わない国民が、なぜ政府にサービスだけを要求できるのでしょう。公共サービスの財源はいったいどこに求めろと言うのでしょう。最近の若者たちが国民健康保険の保険料を払わない傾向にあるのも、そういう自分勝手な発想が身に付いてしまっている証拠です。自分たちが年をとって、生活に困ったときになって初めてそれまでの国民としての怠慢を後悔するのでしょうが、それでは手遅れです。いや、もしかしたら老人になっても、国の対応が悪いと愚痴をこぼしているかも知れませんが。
 人の話を良く聞きなさいという指導は、それ故に非常に大切です。そういう指導をあらゆる場面で徹底していないと、子供たちは例えばつまらない授業だから、嫌いな先生の授業だからという個人的な理由から、授業もまともに聞かない習慣が身に付いてしまいます。さすがに自分の授業の話になるとムキになる先生たちですが、その大本は自分たち自身が作ってしまっていることには気づかないのです。全校朝会で腕組みをして立っていただけの自分の姿をいつになったら思い出してくれるのでしょうか。授業が受けられるだけでも世界的な水準から見たら非常に幸せなことなのに、子供たちはその幸せを実感していません。それはそうでしょう。自分たちの目で世界を見てきてはいないからです。そういう子供たちに、人間としての基本的な姿勢を教えるのが学校の教師の仕事ではないでしょうか。いつかは自分に返ってくることなのですから。

《リサイクルの工夫》
 私は、担任をしているときは、教室の飾り付けをレイアウトするのが大好きでした。普通は教室の前の黒板の窓側に大きな書棚が据え付けられているのですが、その書棚の整理がまた楽しみなのです。昔は、あまりに書棚が汚かったので夏休み中に勝手にペンキを塗り替えてしまって、施設業務員のおじさんから大目玉を食ったこともありました。あれは大失敗でしたね。しかし、子供たちが使いやすいようにあれこれ工夫を凝らすのは本当に楽しいものです。しかも、できるだけお金をかけずにやるのです。教材が入っていた段ボール箱を細工してプリント入れにしたり、学校にはリサイクルできるものが豊富に存在します。
 一番多いのはもちろん印刷済みのプリントの余りです。他のクラスではよく教卓の中にぐちゃぐちゃに詰め込まれていたりするのですが、私はテスト監督に言ったときなどに勝手に整理したりしていました。それは越権行為かも知れませんね。でも、整理整頓は学校の基本ですから。とにかく、余ったプリント類で裏が使えるものは、みんなカッターで適当な大きさに切って、こばをのり付けすればメモ帳の完成です。それを書棚に置いて、自由に使っていいよと子供たちに伝えておくと彼らも結構よく利用してくれるのです。お絵かき帳にはもってこいですからね。そして、そういう大人のアイデアは必ず子供たちが真似をするようになります。これは、自然なリサイクル教育ですね。私は教員を辞めた今でも家では裏紙を切ってはメモ用紙作りに励んでいます。
 英語の教材などでよく出てくるのですが、日本人が割り箸を大量に使うために、インドネシアの熱帯雨林がどんどん消滅して行っているという話はご存知でしょうか。インドネシアの人々にとっては、お金になるものは一生懸命売ろうとするのが当然です。地球の環境問題よりも明日の生活の方が大切だからです。これは実に難しい問題です。日本人が地球環境に配慮して割り箸の使用を突然やめてしまったら、インドネシアの多くの人々が生活費を稼ぐチャンスを奪われてしまうことになるからです。でも、このまま割り箸を消費し続けるわけにもいきません。
 紙資源も同じ事で、今ではディスカウントショップなどで、きれいな上質紙が格安の値段で売られていますが、どうしてそんなにいい紙を大量に販売しようとするのでしょう。確かにコピー用紙が大量に必要なのはわかるのですが、普通のコンピューター用の印刷機であれば、現在の技術ならもっと質の落ちる紙にも十分に対応できるはずです。写真の印刷をするなら別ですが、この状態は異常ではないでしょうか。という私も、この本の原稿は上質紙に印刷しているのですから、偉そうなことは言えません。大安売りをしていたので段ボール買いで購入してきたのです。
 話は学校のリサイクル対策に戻りますが、行事で獲得した賞状などは、私も以前は自前で購入してきた立派な額に入れて飾っていました。でもここ数年は、いらない厚手のボール紙を二枚使って、それを上手に加工してきれいな色を塗って、間に賞状を挟んで飾るようにしていました。これが結構立派な見栄えなのです。色を塗るという単純作業も、仕事の疲れを癒すのにちょうどいいですからね。クラスの解散のときには、希望する生徒にその枠ごと賞状をプレゼントすることもできて非常に便利でした。さすがにクラスの集合写真などはきれいな額に入れて飾っておきましたが、最近では写真もカラーコピーですませてしまう担任の先生が多くなりました。これはいいことだとは思うのですが、私は自分自身が写真の趣味を持っていた関係で、写真だけはカラーコピーで飾るのを嫌いました。それでも、今の時代なら簡単にデジカメの写真をインクジェットの印刷機で写真画質でプリントアウトできるのですから、非常に安上がりです。ただ、これはリサイクルの精神とは相反してしまうかも知れませんが。
 英語の授業に関しては、直接プリントに書き込めるシリーズについては、過去に使い切ってもう必要ないノートに貼り付けていくように指導していました。わざわざ新しいノートを買うことはありませんから。もちろん、ノートに答えを書き込んでいくシリーズのプリントは新しいノートに貼ってもらいましたが。とにかく、不必要な消費はできるだけ減らす努力をすることが大切だと思うのです。私たちは仕事の関係上、よく業者からの請求書や領収書を受け取りますが、そういう書類は案外ぽいと机の引き出しにしまってしまいがちです。ところが、そういう大切なものは面倒くさがらずに読み終えてしまった雑誌などに貼り付けていけば、大変便利です。教師がそんな工夫をしていると、職員室を訪れる生徒たちはいつの間にかそういう作業を見ていますから、自然とものを大切にすることを学習してくれるのです。
 買おうと思えば何でも買うことができる豊かな日本です。不景気な時代ですから、消費を押さえるということは、考え方を変えると小売業者を追いつめることにもなってしまうのですが、ものが豊富な国に住んでいるからこそ、ものを大切に扱う教育を徹底することは非常に大切だと思います。一時期はデパートなどの過剰包装が問題になりましたが、のど元過ぎた現在ではまたそういう過剰サービスが復活しています。それは不景気な時代を乗り切るための、販売店の苦肉の策なのでしょうね。少しでも消費者にいい印象を持ってもらいたいわけです。本屋さんのカバーも必要はありません。でも、こちらがいちいち断らない限りは、一冊一冊ていねいにブックカバーをかけてくれるのが現状です。世界には貧困に苦しむ人々が数え切れないほど多く存在することを、私たちは忘れてはいけません。

《日曜大工くらいやりましょう》
 DIY、つまり"Do it yourself." 「自分自身でやる=日曜大工」という言葉は、最近ではあまり聞かれなくなりました。材料を買い込んできて自分で作るよりは、ディスカウントショップで完成品を買った方が安いケースが増えたからでしょうか。これは、前項のリサイクル教育にも大いに関係していることなのですが、学校の技術科木工室には、生徒が作品を作った余りの木っ端材が豊富に捨てられています。これを利用しない手はないですよね。私は、その余った木っ端材を見つめては、部活のトレーニング機器を考案してみたり、自分の目的にかなった本棚作りを計画したり、いろいろと楽しい時間を過ごさせてもらいました。木工室には工具も全てそろっていますから、この部屋で作業を始めたらおもしろくてやめられなくなってしまいます。 ところが、ある日こんなことがありました。ある女性教師が音楽室の棚にこんなものが置いてあったと言って、もう何年も前に誰かが手作りした本箱を汚なそうに職員室に持ち帰ってきたのです。そして、それを燃えるゴミの段ボール箱の中に捨ててしまいました。私はびっくりして、その本棚を取り出すと、まずは解体作業に入りました。古い本箱とは言え、木で作られていることには変わりはありませんから、もう一度設計し直せば立派な物置が完成するはずなのです。私は夢中になって作業を進めました。職員室前の廊下で作業を進めていたので、職員室で仕事をしていた先生にはちょっと迷惑だったかも知れませんが、あっという間に鞄置きの完成です。職員室の床はワックスがかけられていますから、直接鞄を置けば鞄の底が汚れてしまいます。私の作った鞄置きは、二段構えになっていましたから、上の段に鞄を置いて、下の段にはいろいろな小物が置けるようになりました。 こんな工夫が学校内のあちこちで行われるようになると、本当に活気のある学校になるのではないかと思うのですが、特に女性の先生たちは大工作業は自分たちには不向きだと決め込んでしまっているようです。ジェンダーフリーという言葉はどうやら見かけ倒しなのですね。男だから女だからという時代は終わったと声高に主張している女性たち自身が自分たちの地位を下げるような行動をとってしまうところに、この運動の弱点があるのです。とんかちで釘を打つ作業はとても楽しいものです。実際、女生徒たちはそういう作業を喜んでやってくれます。彼女たちの方から「私にもやらせて下さい」と申し出て来るのです。彼女たちは、本物のジェンダーフリー世代です。
 ちょっとした木工作業に慣れてしまうと、教室の傷んだ箇所はどんどん修理したくなってきます。前述したように、校舎は公の建物ですから、大幅な修繕を勝手に実施することは避けなければなりませんが、ちょっとした修理ならどんどんやるべきでしょう。特に、教卓や机の破損は簡単に修理できます。ささくれだった机をそのままにしておけば、誰かがそのささくれで怪我をするでしょう。木工室に捨てられてある薄いベニヤ板と木工用ボンドがあれば十分です。こういう作業は子供たちの真骨頂です。彼らは喜んで働いてくれますよ。基本的に子供たちは破壊行為と創作行為が大好きなのです。相反する二つの行為が大好きだというところが、子供たちの魅力でもあるのです。
 こうして担任と生徒が共同作業をすることは、お互いの信頼関係を深めることにももちろん役立ちます。生徒たちにしてみれば、泥にまみれた仕事はしないというイメージのあった学校の教師が、実に人間くさい身近な存在に感じられるようになるのでしょうね。そして、何でも手作りで作ってしまう先生は子供たちの尊敬の対象になること間違いなしです。彼らはきっと大人になったとき、ものを大切にする人間に成長しているでしょう。

《安全第一主義》
 神奈川県では、平成十六年度の高校入試から学区制が廃止になります。この入試制度の大改革は、おそらくは中学校の先生たちの進路指導をいっそう臆病なものにしてしまうことでしょう。なぜなら、どの程度の成績を持っていれば合格圏内に入ることができるのか予想が不可能だからです。今までの入試制度のもとでも、学校の教師の進路指導はほとんどの場合安全第一主義でした。これは、生徒たちが不合格にならないように案じた末の方策などではなく、不合格の生徒をクラスから出したくないという教師のプライドや評価の問題と大きく関係していました。ですから、「落ちてもいいので受検させて下さい」と生徒や保護者から懇願されると、担任はどうしていいかわからなくなってしまうのです。落ちても責任は問わないと保護者が断言しているのですから何も迷う必要はないのですが、後で「なぜ落ちるのがわかっていて受検させたんだ」と進路指導の不手際を同僚や先輩教師たちから指摘されるのが怖いのです。大切なのは生徒の人生なのですから、誰に何と言われようと生徒の意志を最大限に尊重してあげるべきなのですが、なかなか根性が座らないというわけですね。
 学校の教師が安全第一の発想でいると、子供たちは失敗を極度に恐れるようになってしまいます。実際には、学生時代の失敗など全て大人がカバーしてくれるのですから、子供たちは果敢に人生のハードルに挑戦すべきなのですが、最近ではやたらと保守的な子供たちが増えてきています。私が中学生の時には、どうしても行きたい高校があって、担任の先生からそこは危ないから別の学校に志望変更するか、それとも併願の私立を受検するか、どちらかにしなさいと面談で言われました。しかし、頑固な私は「落ちたら就職します」と宣言して、無謀にも一本で危ない希望校への受検を決行してしまったのです。入試の結果はあまり良くなかったので、合格発表までの一週間はもう地獄の心境でした。結果的には何とか合格できたものの、周囲の先生たちもはらはらしたことでしょう。本当のことを言えば、他クラスの担任の先生で私の一年生の時の担任だった方が、同じ高校の出身で、思いっきり受けてみろと陰で励ましてくれていたのです。その先生が、私が最後に勤務した中学校の校長先生だったというのも、何かの縁ですね。
 そういう経験をさせてもらったせいか、私は今でもいろいろな事に果敢にチャレンジする気持ちを失ってはいません。公立学校の教員を辞めたことも、人生の一大チャレンジですしね。挑戦することが怖くないわけではないのですが、温室に安住して進歩をしなくなる自分が嫌なのです。ですから、私の進路指導は生徒の希望を積極的にバックアップするきわどい指導でした。それでも、子供たちというのは励まされると大変な力を発揮するもので、ほとんど進路指導に失敗したことはありませんでした。そもそも「失敗」かどうかなど、人生が終わるときに振り返ってみて初めてわかることなのですから、合格しようが不合格になろうが、後で後悔しない挑戦をすることが大切なのです。高校で人生が決まるわけはありませんし、今の子供たちが大人になる頃には、今以上に実力主義の世の中になっていることでしょう。
 出身高校や出身大学などの肩書きが大手を振って世の中でまかり通っていた時代はすでに終わろうとしています。今では、少しでも多くの資格を取って、実力をアピールすることが重要な時代に突入しています。資格試験は入学試験と違って何度でも挑戦することができますから、努力を重ねて果敢にアタックすることが大切です。ここで初めて人間としての頭の良さが問われるのだと思うのです。学校の勉強でいい成績をとる頭の良さではなく、いかに時間を作っていかに努力するかを工夫することができる頭の良さです。私たち人間に与えられた時間は、平等に24時間ですから、その中で資格試験のための勉強の時間を作ろうとしたら、よほど工夫をしなければ実行は不可能でしょう。電車の中の通勤の時間や、仕事の合間の休憩時間、あるいは寝る前のほんの15分間など、使える時間はいくらでもあるのですが、それをいざ実行に移すとなると最初のうちは大変な苦労を感じるに違いありません。しかし、その苦労に少しの間耐えていれば、やがては勉強は習慣化し、その努力の積み重ねが実力となってくれるのです。学校はそういうことを教えなければいけないと思います。
 失敗したらもう人生は終わりだなどということは、大人の世界でも絶対にあり得ません。失敗は成功の元とも言うし、本当に怖いことは失敗することよりもむしろ、もうだめだとあきらめてしまうことではないでしょうか。失敗を恐れずに何事にも果敢に挑戦していく姿勢は、子供のうちにしっかりと身につけておきたいものです。そのためにも、学校の先生たちは絶対に安全第一主義であってはいけないのです。
 例えば、成績が足りなければ公立高校には絶対に合格できないかというと、そんなことはありません。その高校に何度も足を運び、自分の進学希望の理由を綴った作文などを自主的に提出してきたりすることが、案外高校の先生たちの気持ちを動かしたりするのです。そんなことはあり得ないと言われるかも知れませんが、現実に私は担任として公立高校にねばり強くアタックして、合格圏外だった生徒に合格の道を開いたことが何度かありました。もちろん私が合格させたのではなく、合格のチャンスを高校側からもらったということです。何度も足を運ばれて嫌な気持ちになる高校はありません。今は先生たちの公務としての出張は数が限られていますが、どうしても中学校が出張を許してくれなければ年休をとってでも高校へ出向けばいいのです。
 私立高校になれば話はもっと現実味を帯びてきます。担任の先生の熱心さはそのまま受け入れてもらえますから、成績が足りなくても合格のチャンスはいくらでもあるのです。私は部活動のソフトボールを通じて高校の先生たちと深いつながりがありましたから、ソフトボール部に入部を希望する生徒は、最優先で合格を保証してもらってきました。成績はとても足りなくても、私立高校側は子供のやる気を買ってくれるのです。もちろん、入学してから生徒たちにも頑張ってもらわなければ信頼関係は長続きはしませんが。
 事は進路に限りません。生徒会の常任委員会(専門委員会)の役決めをする学級会でも、生徒の中には非常に消極的な子供たちが大勢います。自分にはやれる自信がないのです。しかし、常任委員会の活動で何を恐れる必要があるのでしょう。私はいつも子供たちに、「困ったときはいつでも先生が助けてあげるから、積極的に挑戦してごらん」と呼びかけていました。すると、何人かの生徒はその呼びかけに応じて勇気を出して立候補してきました。そして、きちんと委員会の仕事を全うしてくれたものです。
 基本的に人間は失敗をする生き物です。そして、失敗の中から何かを学ぶ生き物でもあるのです。ですから、成功よりもむしろ失敗を歓迎すべきでしょう。勝利よりも敗北を歓迎すべきです。そんな考え方ができるようになれば、生きていくことは一気に楽しくなるに違いありません。新しい環境に飛び込むことも少しも怖くなくなるでしょう。「男は度胸、女は愛嬌」などと言われてきましたが、現代という時代は「男も女も度胸が大切」なのです。「なるようになるさ」とか「明日は明日の風が吹く(有名な『風と共に去りぬ』の最後の場面のせりふ)」というような発想は非常に大切です。そんな開き直りができる子供たちを学校は育てたいものですね。

《あとがき》
 「しつけ」の問題を扱いながら、内容が多岐にわたってしまった感がありますが、私が主張したかったことは、学校の教師が古い型にこだわって保守的になるべきではないということだったと思います。そして、周囲の批判など気にすることなく、自分が信じたとおりの教育を実行してもらいたいのです。決して保身主義になど陥ってはいけません。
 公立学校への保護者の期待が薄れたとはいえ、実際には学校の教師の言動が子供たちの人生に与える影響は甚大です。そのことを自覚している先生が何と少ないことか。それはある意味では自分たちの教育力に自信をなくしている先生像を浮き彫りにしているとも言えますが、別の意味では教師の怠慢を意味しています。若くして「先生」と呼ばれた時代を思い出してみれば、自分がいかに熱意を失ってしまっているかという事実に気づくはずです。そして、それに気づいたのなら、もう一度初心に返って頑張る気力を持ってもらいたいのです。
 私は公立学校の世界を抜けてしまいましたが、それは公立学校などどうなってもいいということではありません。私が組織から抜けて、外から学校を率直に批判することで、多くの先生たちが目覚めてくれればそれでいいと思っています。ただ、私自身はいつまでも変わろうとしない仲間たちと一緒に仕事をしていたいとは思わなかったということです。自分が腐ってしまうのはとても耐えられないことだからです。ただ、私の場合は安全なところに陣取って好き勝手に批判をしているわけではありませんから、その分説得力があるのではないでしょうか。今現在、私の身分や生活を保障してくれるものは何もないからです。批判的な本を書けば、再就職に不利になる可能性もあるわけですから、私の書いたことは全て真実です。
 学校の教師はもっともっと批判にさらされてもいいのではないかと思うようになりました。自分が組織の内部にいたときは、世間は勝手に学校を批判しているとしか思いませんでしたが、いざ外に出てみると、世の中の人々は学校の教師の想像をはるかに絶する厳しい生活を強いられていることを知らされました。学校の教師がいかに安定した身分であるかもいやというほど思い知らされました。そんな恵まれた環境にある先生たちが、教育にかける情熱を失って、もたもたしていることは絶対に許されるべきではありません。
 学校の先生たちは、多忙な生活に愚痴ばかりこぼしていますが、学校の教師の「多忙」など、世間の評価基準からすれば多忙のうちには入らないレベルであることを知る必要があるでしょう。忙しい忙しいと愚痴をこぼしている暇があったら、少しでも時間を作る工夫をすればいいのです。そういう姿勢を子供たちに見せることも、大切な教育の一環だと思います。
 今、先生たちが立ち上がるかどうかによって、日本の公教育の未来は決まってしまうでしょう。社会党の衰退と平行して日教組の力も地に落ちてしまいました。もう、文科省の独断から学校を守る手段は自分たちの力以外には何も残されてはいません。そのことをよく知った上で、先生たちはもっともっと勉強しなければならないでしょう。傍若無人な現代っ子たちの言動の責任をいつまでも家庭に押しつけて、自分たちはエアコンの効いた職員室に鎮座しているわけにはいきません。家庭に教育力がなくなった時代だからこそ、学校の教師には今まで以上の何かが求められているのです。もちろん教師だけで何かが変わるわけでもないので、先生たちはリーダーシップをフルに発揮して、地域の大人たちと上手に連携しながら子供たちを健全に育てていく義務があるのだと思います。私の勝手気ままな本が、そんな先生たちへの刺激になることを願って、ペンを置きたいと思います。